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守山市 (愛知県)

日本の愛知県にあった市 From Wikipedia, the free encyclopedia

守山市(もりやまし)は、かつて愛知県に存在した

廃止日 1963年2月15日
廃止理由 編入合併
守山市 → 名古屋市
現在の自治体 名古屋市
日本の旗 日本
概要 もりやまし 守山市, 廃止日 ...
もりやまし
守山市
守山市役所(左下は志段味支所)
守山市役所(左下は志段味支所)
廃止日 1963年2月15日
廃止理由 編入合併
守山市 → 名古屋市
現在の自治体 名古屋市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 33.99km2.
総人口 67,786
(1963年)
隣接自治体 名古屋市[注 1]春日井市瀬戸市東春日井郡旭町愛知郡長久手村
守山市役所
所在地 愛知県守山市大字守山字茶臼15番地[1]
座標 北緯35度11分49秒 東経136度57分19秒
愛知県内における守山市の位置
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現在の名古屋市守山区に該当する。昭和の大合併で、愛知県では唯一廃止された市である[注 2]。名古屋市のベッドタウンとして発展したが、守山市が誕生してすぐに名古屋市と合併の動きがあり、市として存在した期間は9年程である。

庄内川矢田川沿いに位置し、東部は標高100m前後の丘陵地帯である。「守山」は「森山」が転じた地名と推測され[注 3]、近世以前は「森山」と表記される文献もある。

同名の市として滋賀県守山市があるが、滋賀県守山市は1970年に市制施行であり、重複とはなっていない。

守山市役所が存在していた場所は、現在守山図書館となっている。

地理

歴史

名古屋市への編入への経緯

  • 1951年(昭和26年)、当時の守山町長により、守山町は市制移行事項を議会に提案し可決される。1953年(昭和28年)には守山町、旭町、志段味村の2町1村での合併、市制が計画される。しかし、旭町は単独市制を望み離脱[注 6]。そのため、守山町と志段味村とで合併し、守山市となる。
  • 1955年(昭和30年)、第1回市議会議員選挙の結果、名古屋市との合併を推進する議員多数を占めることとなる。また、住民からも名古屋市との合併を望む声が多かったため、1960年(昭和35年)に住民投票を実施して合併の賛否を問うことが決定する。しかし、1959年(昭和34年)9月26日伊勢湾台風の被災復興のため、延期となる。
  • 1961年(昭和36年)10月、住民に世論調査を行い、名古屋市との合併に賛成が81.94%に及ぶ。この結果を踏まえて、1962年(昭和37年)1月に守山市は名古屋市への合併を申し入れる。同年9月に名古屋市議会は合併受け入れを議決する。

市長

  • 加藤千一(1954年6月1日 - 1955年2月 前・守山町長)
  • 黒田毅(1955年2月 - 1963年2月14日)
町長

教育

大学

高校

中学校

小学校

公共機関など

交通

鉄道

名所・旧跡

出身有名人

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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