守岡茂樹
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岡山東商では1970年、3年生の時に四番打者、右翼手として夏の甲子園に出場した。2回戦で滝川高に敗退[1]。1年後輩のチームメートに遊撃手の岡義朗、控え投手のケネス・ハワード・ライトがいる。
1970年ドラフト会議で広島東洋カープから7位指名を受け入団。1971年にはジュニアオールスターに出場。1974年7月末には右翼手、一番打者に抜擢され、同年は23試合に先発出場、打率.317を記録する。1975年の阪急ブレーブスとの日本シリーズでは2試合に出場。第2戦では6回に代打として起用され、山田久志から二塁打を放つ。1976年も主に代打として69試合に出場するが、その後は出場機会が減り1979年限りで引退した。
小柄で長打力はないものの、確実な打撃には定評があり、代打や控え外野手として起用された。