宕昌国 From Wikipedia, the free encyclopedia 宕昌(とうしょう)は、宕昌羌ともいい、中国の五胡十六国時代から南北朝時代にかけて羌族が建てた政権。都城は宕昌城(現在の甘粛省隴南市宕昌県の西)。首長の姓は「梁」といった。 梁勤が宕昌王を自称したのを初代とする。梁勤とその後継者たちは、ときの南北朝の政権に朝貢して冊封を受けている。 564年、宕昌王の梁弥定がしばしば北周の領域を侵犯したので、北周の武帝の怒りを買った。武帝が大将軍田弘に命じて宕昌国を討たせ、その地に宕州を立てると、宕昌はここに滅亡した。 宕昌の君主 梁勤 梁弥忽 梁虎子 梁弥治(? - 478年) 梁弥機(478年 - 485年) 梁弥博(485年) 梁弥頡(485年 - 488年) 梁弥承(488年 - ?) 梁弥邕(502年 - ?) 梁弥博(505年 - ?) 梁弥泰 梁仚定(? - 541年) 梁弥定(541年 - 550年、550年 - 564年) 梁獠甘(550年) 参考資料 『魏書』巻101 列伝第89 『南斉書』巻59 列伝第40 『梁書』巻54 列伝第48 諸夷 『周書』巻49 列伝第41 異域上 Related Articles