宜野座村

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日本の旗 日本
都道府県 沖縄県
ぎのざそん ウィキデータを編集
宜野座村
宜野座村旗  宜野座村章
宜野座村旗 宜野座村章
1976年昭和51年)
11月27日制定
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 沖縄県
国頭郡
市町村コード 47313-8
法人番号 5000020473138 ウィキデータを編集
面積 31.31km2
総人口 6,271[編集]
推計人口、2026年2月1日)
人口密度 200人/km2
隣接自治体 名護市国頭郡金武町恩納村
村の木 リュウキュウマツ
村の花 ツツジ
村の鳥 メジロ
宜野座村役場
村長 當眞淳
所在地 904-1392
沖縄県国頭郡宜野座村字宜野座296番地
北緯26度28分54秒 東経127度58分32秒 / 北緯26.48161度 東経127.97564度 / 26.48161; 127.97564座標: 北緯26度28分54秒 東経127度58分32秒 / 北緯26.48161度 東経127.97564度 / 26.48161; 127.97564
宜野座村役所
村役場位置
外部リンク 公式ウェブサイト

宜野座村位置図

― 市 / ― 町・村

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漢那ダム下流
宜野座村営野球場

宜野座村(ぎのざそん、沖縄語:じぬざ/jinuza/)は、沖縄県国頭郡にある。太平洋に面し、阪神タイガース一軍のキャンプ地となっている。

隣接する自治体

人口

宜野座村と全国の年齢別人口分布(2005年) 宜野座村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 宜野座村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
宜野座村(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 3,566人
1975年(昭和50年) 3,819人
1980年(昭和55年) 4,022人
1985年(昭和60年) 4,414人
1990年(平成2年) 4,630人
1995年(平成7年) 4,651人
2000年(平成12年) 4,749人
2005年(平成17年) 5,042人
2010年(平成22年) 5,331人
2015年(平成27年) 5,597人
2020年(令和2年) 5,833人
総務省統計局 国勢調査より

歴史

琉球王朝時代(1649年)の『絵図郷村帳』に古知屋 (現:松田)・ 宜野座・惣慶・漢那の4つの村があり、金武の間切のうちの「上四ケ」とも呼ばれた。

1945年(昭和20年)の沖縄戦で、この地は米軍が定めた多くの民間人収容所が連なり、ピーク時には約10万3千人の人口を擁した。

1946年4月1日、当時の金武村(現在の金武町)から古知屋、 宜野座、惣慶、漢那が分離し、宜野座村が誕生した。

地域

4字に分かれるが、行政区は6区あり、住所表記にはない行政区が2区ある。

  • 漢那(かんな)
    • 城原(しろはら)
  • 宜野座(ぎのざ)
  • 惣慶(そけい)
    • 福山(ふくやま)
  • 松田(まつだ):1946年、古知屋より改称。

行政

歴代村長[1]
-名前就任年月日退任年月日
官選
初代森山徳吉1946年4月1日1946年7月31日
2代新里善助1946年8月1日1948年1月31日
公選
3代新里銀三1948年2月1日1950年9月2日
4代田端景俊1950年9月3日1952年11月20日
5・6・7代浦崎康裕1952年11月21日1964年12月29日
8・9代与儀実清1964年12月30日1972年12月29日
10・11代末石森吉1972年12月30日1980年12月29日
12・13代仲程實湧1980年12月30日1988年12月29日
14・15代伊藝宏1988年12月30日1996年12月29日
16・17代浦崎康克1996年12月30日2004年12月29日
18・19代東肇2004年12月30日2012年12月29日
20・21・22代當眞淳2012年12月30日現職

教育

交通

路線バス

一般路線バス
国道329号(村中心部では旧道区間、松田地区では国道外の集落内)を通る沖縄バスの一般路線バス(77番)が運行されている。屋慶名バスターミナル名護バスターミナル間を発着し、うるま市各地区、金武町内、名護市辺野古、名護市中心部を経由する。
なお、上記77番が2025年の経路変更と同時に大幅減便・最終バス発車時間の繰り上げが行なわれたため、県や沿線市町から琉球バス交通への委託による夜間臨時便が772番として運行されている。
かつては久志線や名護東線(許田経由)、名護こどもの国線や名護~うるま線も国道329号を通っていたが、久志線は1995年、名護東(許田経由)線は2008年、名護こどもの国線は2006年、名護~うるま線は2025年にそれぞれ廃止され、現在は名護東線(辺野古経由)のみとなった。名護東線(許田経由)と名護こどもの国線は国道329号から県道71号を通って名護市へ向かうルートだったが、名護東(許田)線の廃止により県道71号(宜野座村潟原 - 名護市許田)を通るバス路線が消滅した。
高速バス
宜野座ICを通る那覇 - 名護間の高速バス1系統(111番)が琉球バス交通・沖縄バス・那覇バス・東陽バスの4社で共同運行されている。2000年に宜野座ICに停留所が設置された。同経路を取る117番は宜野座ICを通過するが、2024年より2・3月は117番も宜野座ICに臨時停車している。

※BT=バスターミナル

番号 路線名 運行区間 市町村 宜野座村内の主な経由地
77 名護東線 屋慶名BT - 名護BT うるま市 - 金武町 - 宜野座村 - 名護市 漢那、福山、宜野座高校、松田、潟原
772 名護東線(夜間臨時バス) 安慶名 - 名護BT うるま市 - 金武町 - 宜野座村 - 名護市
111 高速バス 那覇空港 - 名護BT 那覇市 - 南風原町 - 西原町 - 宜野湾市 - 中城村 - 北中城村 - 沖縄市 - うるま市 - 金武町 - 宜野座村 - 名護市 宜野座IC

道路

医療

米軍基地

宜野座村には、現在キャンプ・ハンセンキャンプ・ シュワブの米軍施設が所在しており、二つで米軍の広大な「中部訓練地域」(Central Training Area: CTA) を構成しており、宜野座村全体の面積の半分以上、約31.30㎢、約50.7% (15.863㎢)を占有している。訓練場の森林は住民の貴重な水源を提供する水源かん養林であり、なかでもキャンプ・ハンセン内にある漢那ダムは湖面共同使用(地位協定第2条4-b) となっており、水の安定的な供給に関する不安要因にもなっている[3]。また1952年から1975年まで字松田に米陸軍特殊部隊グリーンベレー)の訓練場、キャンプ・ハーディーが存在し、実際に核兵器を使った訓練も行われていた[4]。現在は返還され国際交流村として利用されている。

宜野座村の米軍基地
FAC6009 キャンプ・シュワブ C表参照
FAC6011 キャンプ・ハンセン C表参照
FAC6014 キャンプ・ハーディー 返還済み

経済

姉妹町村

出身有名人

脚注

関連項目

外部リンク

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