ガッポリ建設

日本のお笑いコンビ (1997-2025) From Wikipedia, the free encyclopedia

ガッポリ建設(ガッポリけんせつ)は日本のお笑いコンビ1997年に結成。2025年12月31日解散。2026年8月9日室田稔と俳優の黒田勇樹の新コンビにより活動を再開することを発表[1]

メンバー 室田稔
黒田勇樹
小堀敏夫(元メンバー)
別名 パンダーズ
結成年 1997年
事務所 ABCプロモーション(1997年 - 2002年)
WAHAHA商店
(小堀:2003年 - 2019年
 室田:2003年 - )
概要 ガッポリ建設, メンバー ...
ガッポリ建設
メンバー 室田稔
黒田勇樹
小堀敏夫(元メンバー)
別名 パンダーズ
結成年 1997年
事務所 ABCプロモーション(1997年 - 2002年)
WAHAHA商店
(小堀:2003年 - 2019年
 室田:2003年 - )
活動時期 1997年 - 2025年、2026年 -
師匠 初代三遊亭圓丈(小堀)
5代目鈴々舎馬風(室田)
現在の活動状況 解散
芸種 漫才
コント
過去の代表番組 エンタの神様
あらびき団
受賞歴
2009年 第2回お笑い全日本カップ優勝
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概要

  • 一般の知名度は高くないが、芸人の間には人気がある元落語家の二人組。「ガッポリ一門」(後述)と言われる弟子を三人抱えており、その弟子たちの所属する事務所「ホームラン教室」を主宰している。
  • 1997年3月に結成。当初はトリオだったが、2002年4月に一人脱退し、小堀敏夫室田稔のコンビとなる。2003年4月からWAHAHA本舗内のWAHAHA商店に所属したが、2019年限りで小堀がマネジメント契約を解除されたため、現在は室田のみ所属。
  • 近年は室田が愛知県を拠点にディレクターアナウンサー業を中心に活動しているため、コンビとしての活動は行っていない。
  • THE SECOND~漫才トーナメント~にはエントリーしているものの、毎回何らかの理由で棄権している[2]
  • キングオブコントには2025年エントリー、北海道予選に参加したものの1回戦で敗退。
  • 2025年12月31日放送の『ザ・ノンフィクションの大みそか2025~放送30周年スペシャル~』(フジテレビ)にて、後輩との打ち上げのために室田が用意して小堀に渡した金を、小堀はパチンコ代に使ったと告白したことで室田が激怒してコンビ解散を言い渡し、そのままスタジオを飛び出て退席。同番組に共演していた吉岡里帆の懸命の仲裁も空しく、同番組収録後の同年12月25日、ニッポン放送の番組『ナイツ ザ・ラジオショー』に2人が生出演した時にもそのまま室田の気持ちは変わらずに同番組内でも解散を宣言。同番組生出演後に道端で涙ながらに改めて解散を伝える室田に小堀は承諾。そして12月31日、『ザ・ノンフィクション』の映像上でテロップで正式に解散が伝えられた[3][4]。室田は同日に更新したInstagramで、解散の理由について「『方向性の違い』と言いたいところを『クズに我慢の限界』」と説明。ガッポリ建設の解散に伴い、並行して活動していた「パンダーズ」も解散することを併せて伝えた[5]
  • 2026年8月9日、室田と俳優の黒田勇樹の新コンビにより活動を再開することを発表[1]

メンバー

室田 稔
(むろた みのる、1971年1月29日 - 、55歳)
栃木県出身。本名:林 龍太郎(はやし りゅうたろう)。
肩書きは「ガッポリ建設主任」。
身長185.5cm、体重88kg、A型。
5代目鈴々舎馬風に入門し、「鈴々舎たけ馬」(入門 - 1996年1月)「鈴々舎馬賀」(1996年2月)「鈴々舎馬賀正」(1996年2月中席以降)の高座名を名乗っていた。前座で名前が三回変わるという落語界の記録をもっている。入門時は背が高いことから「竹馬」に因み「たけ馬」となったが、粗相が多かったことから師匠の馬風の怒りを買い「馬賀(ばか)」への改名を命令された。本人もこの前座名を気に入っていたらしいが、大師匠の5代目柳家小さんの「『馬賀』ではかわいそうだ」との鶴の一声で「馬賀正(ばかしょう)」へ変更されたという[6]
妻子あり。2013年に第一子長男が誕生[7]TBSチャンネル2ナマイキ!あらびき団』には妻とのコンビ「室田夫妻」として出演。
稲沢シーエーティーヴィに就職、ディレクター・アナウンサーとして活動したが、芸人活動も継続した。
三重テレビMieライブ』で「伊勢エビ蔵」としてもレギュラーコーナーを獲得。Vリーグに所属する「ヴィアティン三重」でスタジアムDJを務めた。
2021年から、三重テレビとBSよしもと共同制作『ビスケットブラザーズの行けばわかるさ!~三重街道中ひざくりげ~』で本名でディレクターを務め、出演もしている[8]
少年院にいた経験を持つ当時17歳の男性を稲沢CATVで採用。その経緯と過程にCBCテレビが密着、室田(本名の林として登場)が主要人物として登場するドキュメンタリー「盗るな撮れ~罪と少年とケーブルTV~」は、2024年度のギャラクシー賞テレビ部門奨励賞[9]日本民間放送連盟賞テレビ教養部門優秀賞[10][11]を受賞した。その後、番組ディレクターの柳瀬晴貴による監督作品として映画化、TBSドキュメンタリー映画祭2026で上映された[12]
2023年9月、本名の林龍太郎名義で稲沢市議会議員選挙に出馬したが、416票(定員26名、30人中29位)で落選[13]。その後、再生の道のエントリーに応募したが一次選考で落選になったことを報告した[14]
2025年4月20日に稲沢CATVを退社[15]。独立して「ワハハ本舗」のエンタメ部門として半田市に「株式会社とれたて堂」を立ち上げた[15]
黒田 勇樹
(くろだ ゆうき、1982年4月23日 - 、44歳)

元メンバー

小堀 敏夫
(こぼり としお、1967年7月10日 - 、59歳)
群馬県伊勢崎市出身。
肩書きは「ガッポリ建設部長」。
身長177cm、体重78kg、O型。
地元の高校を卒業後、法律系の専門学校を経て、商社に就職をするも2年で退職[16]1992年初代三遊亭圓丈に入門し、「三遊亭ぐん丈」の高座名を名乗っていた。
2019年末にWAHAHA本舗からマネジメント契約を解除された。
埼玉県在住で、社長とのギャラ飲みスロットを中心に収入を得ている[17][18]
2020年4月19日、ドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ)にて、小堀の密着ドキュメント「52歳でクビになりました。~クズ芸人の生きる道~」が放送された。2025年にもその後が放送されている[19]
2021年11月9日、なかの芸能小劇場で、林家きく麿の企画・主催によるトークライブ「帰ってきたぐん丈~チルドレン集結~」開催。出演したのは、ぐん丈(小堀)と、一緒に前座時代を過ごした仲間、隅田川馬石春風亭百栄三遊亭窓輝入船亭扇里・林家きく麿。それ以降にも年一回、当時の前座仲間と共演する会が開かれている。

芸風

  • 基本的な衣装は、前に「ガッポリ建設」と書かれたランニングシャツに、「○の中にガ」のマークが入ったヘルメット。下の作業着は小堀が青、室田が赤のものをそれぞれ着ている。
  • 演じるのは漫才ショートコントなど。色々な大人の行動をネタにしたコントや、「30秒で笑わせるコント」などがある。
  • ネタの始めにフリートークから入ることが多く、ネタのテーマに行くまでのトークが長いこともある。
  • 終わりに「3、2、1! ガッポリ、ガッポリ!」と言うことがある。

来歴

  • 渋谷駅ハチ公像前、横浜駅西口の相鉄ジョイナス前などで路上ライブを行っており、ABCプロモーションに所属するきっかけにもなった[16]
  • バラエティ番組あらびき団』(TBSテレビ)『キャラ☆キング』(テレビ朝日)などで、全身ジャイアントパンダの着ぐるみでパンダーズとして出演することがある。ここでは、動物園のパンダ舎でのジャイアントパンダの生態を模した芸と動きを演じているが、時々、ただ横になっているだけということがあり、『あらびき団』で東野幸治に「やる気ないな~」と言われたこともある。
    • パンダーズとして宇都宮動物園から「子供に人気が出そうだから」という理由で営業の仕事が来たことがあり、特設のパンダ舎の中でパンダになりきって動くというものだった。この模様は『あらびき団』の2008年9月3日放送の回で紹介されたが、大人にはウケていたものの子供には不評だったというものだった。
    • パンダのメスを出したいということから、2009年5月20日放送の回では室田の妻も出演した。
    • 「パンダーズだけでは出られない」という理由からU字工事エリック・ワイナイナも一緒に出演したことがある。
    • 2011年2月21日、上野動物園にパンダの「ビーリー」と「シィエンニュ」が来日した際、二人が動物園に見に行った時の様子が各メディアで取り上げられた。
  • 猫ひろし団長安田安田大サーカス)、レギュラーとは旧知の仲である。

出演

テレビ

ラジオ

映画

ライブ

  • 東京ビタミン寄席
  • お笑い新宿スタジオアルタライブ
  • ラ・ママ新人コント大会
  • 倉庫の二階 興行
    • 2005年9月「コント、その深い味わい」
    • 2006年4月「とてもラテン」
    • 2007年6月17日「エイムズの部屋」

脚注

外部リンク

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