安田大サーカス
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命名の由来
メンバー
- 団長安田(だんちょうやすだ、1974年4月26日 - )(51歳)
- 兵庫県西宮市出身。
- 本名:安田 裕己(やすだ ひろみ)、2006年6月頃までの旧芸名:団長(だんちょう)[2]
- ツッコミ・リーダー・ネタ作り担当、立ち位置は中央。メンバーの中で一番年上。
- 元ライフセーバー。潜水、ダイナミック・アプネア(フィン無し)元日本記録保持者(115m)。
- メンバーの中では一番身長が低く、唯一の標準体型である。
- 元々は竹内宣和(現・タケウチパンダ)とコンビ『安田と竹内』を組んでいた。解散後しばらくは犬の模型を相方にしていた。
- 高校の2年後輩である元大関・琴光喜と親交がある。
- 2009年7月9日、精巣捻転症で緊急入院し即日手術を行った。本人の話によると「腹痛がしたため、バスで病院に行き、すぐに手術をされた」とのこと。その後、院内のベッドの上で関西テレビの電話取材にも応じた。
- HIRO(ひろ、1977年4月20日 - )(48歳)
- 和歌山県和歌山市出身。
- 本名:廣瀬 康幸(ひろせ やすゆき)
- ボケ担当(小ボケ的存在)、立ち位置は一番左。メンバーの中では一番年下である。
- 元大相撲力士。
- メンバーの中では、一番身長が高い。
- 場の空気を読まずに食事をするなどして、共演者からツッコまれることが多い。
- 2017年6月16日、「左脳室内出血」と診断され入院[3]。退院後も医師の判断から療養に専念する為、故郷の和歌山に戻り生活。入院時の体重から30 kg以上減量し、同年12月に仕事復帰。
- クロちゃん(1976年12月10日 - )(49歳)
- 広島県東広島市八本松出身。
- 本名:黒川 明人(くろかわ あきひと)
- ボケ担当(大ボケ的存在)、立ち位置は一番右。結成当時の芸名は、ジューシーハンバーグだったが、先輩のますだおかだの増田により、改名させられた。
- スキンヘッドとソプラノボイス、髭が特徴。
- 手を口に当て、上にあげながら「クロちゃんです!わわわわ~!」という挨拶ギャグや「~だしん!」、「~しんよー♪」という語尾ギャグがある。
- 2019年にアイドルグループ「豆柴の大群」をプロデュース。2020年からはアドバイザーを務めている。さらに2022年からはアイドルグループ「都内某所」もプロデュースしている。
- 結成前に『イカロスの翼』(関西テレビ放送)という関西ローカル番組や『笑っていいとも』(「年齢不詳!?しかま君クイズ」)に本名で出演していた。
安田特大サーカス
芸風
主にショートコントと短い漫才を行う。
ネタの大まかな流れ
「ラッセーラー、ラッセーラー、ラッセーラー、ラッセーラー」という掛け声で登場することが多い。その掛け声で登場するときはクロちゃんとHIROが土台となり組体操のような3人タワーを作り上げる。
ネタのつかみとして、クロちゃんが強面の顔を見せ付けたあと、高音で「いつも元気なクロちゃんです!」(もしくは「クロちゃんです!」)と紹介する。その流れでショートコントを行う。
ショートコントのボケとツッコミの流れが終わると、HIROが満面の笑みを浮かべながら祭囃子風の和太鼓の口真似で「はーい!! どーん! どーん! どーん!」と叫び、団長は両手でピースをしながら「ベタベッタ!」と合いの手を入れ、HIROが「どどーん! どどーん!」と叫び、団長が「ベタでーす!」とネタのベタさを叫びながら締めくくる。その間、クロちゃんは甲高い声で笑いながら紙吹雪を撒き続ける。ノリツッコミが出ると、HIROの太鼓とクロちゃんの紙吹雪は同じだが団長のセリフは「ノリツッコミ!」/「大成功!!」となる。
最後のショートコントの締めで団長がふんどし1枚にされた後は、団長のセリフは「オチでーす!」/「オチでーす!」となり、もう一度繰り返し「ヘクシュン!」(くしゃみ)/「安田大サーカスでした!!」となる。
次世代への影響
安田大サーカスのブレイクと認知度向上により、真ん中にいるツッコミ担当が両端のキャラクター性の強いボケ担当を操るような漫才を行うお笑いトリオを、安田大サーカスに比喩する事例が多くなっている。
受賞歴
- 2001年 -『今宮子供えびすマンザイ新人コンクール』新人漫才奨励賞・子供大賞
- 2004年 -『第25回 ABCお笑い新人グランプリ』審査員特別賞
- 2006年 -『第41回 上方漫才大賞』奨励賞
賞レースでの戦績
- M-1グランプリ
- 2001年 3回戦進出
- 2002年 2回戦進出
- 2003年 準決勝進出(敗者復活戦出場)
- 2004年 準決勝進出(敗者復活戦出場)
- 2005年 準決勝進出(敗者復活戦出場)
- 2006年 3回戦進出
- 2008年 3回戦進出
- 2009年 3回戦進出
- 2010年 3回戦進出
- 2015年 2回戦進出[7]
- キングオブコント
- 2009年 2回戦進出
- 2010年 2回戦進出