宮口 (浜松市)
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浜名区の中部に位置し、北と西側を河岸段丘に囲まれた扇状地上にある。北部を四大地、南部を新原、東部を尾野、西部を都田町とそれぞれ接している。庚申寺の門前が中心地と言え、昔は庚申寺の門前町や秋葉街道の宿場町として栄え、庚申寺の門前は石畳となっており古くからの町屋が残っている。また庚申寺門前通りには地元の食材を使った和食が味わえる「会席碧」も隣接する。1月には庚申寺の初庚申、秋には花の舞酒造の蔵開きで賑わう。また当地域内には古くからの神社仏閣が多数存在し、寺院や古墳の遺構が残っている。今は田畑が多い農業地帯となっている。地域の中央を東西に国道362号と天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線、南北に静岡県道296号熊小松天竜川停車場線、宮口駅を起点に地内北部を静岡県道68号浜北三ヶ日線が通っている。また、天竜浜名湖線の宮口駅が地域の東部に存在する。国道362号は当地域に狭隘区間が複数あり、尾野から麁玉中学校北側にかけてバイパスが建設されている。
歴史
沿革
- 前方後円墳の興覚寺後古墳や大屋敷地区から窯跡(大屋敷5号窯跡など)・円墳が発見されていることから、当地域が古くから存在していたと考えられる。
- 725年(神亀2年) - 観音山光明寺が創建される。
- 1390年(明徳元年) - 観音山光明寺が現在地に金剛山庚申寺として再興される。また、庚申寺は庚申信仰で栄え当地域も庚申寺の門前町として栄えた。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行、麁玉郡麁玉村の一部となる(宮口村、新原村、灰ノ木村、堀谷村、大平村を以て麁玉村となった)。村役場は当地域に設置。
- 1924年(大正13年)7月1日 - 遠州電気鉄道(現遠州鉄道)貴布祢駅(現浜北駅) - 宮口間に西遠軌道(後の西遠鉄道)が開通する。
- 1937年(昭和12年)10月6日 - 西遠鉄道廃止。
- 1940年(昭和15年)6月1日 - 国鉄二俣東線(後の二俣線)が延伸し遠江森駅 - 金指駅間開業と同時に宮口駅が設置される。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 町内会 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 尾野上町内会 | 浜松市立赤佐小学校 | 浜松市立浜北北部中学校 |
| その他 | 浜松市立麁玉小学校 | 浜松市立麁玉中学校 |
交通
施設
史跡
参考文献
- 角川日本地名大辞典22静岡県 地誌編・資料編
- 『庚申信仰と宮口』 浜名高校史学部昭和56年5月15日
