宮國凌空
日本の野球選手(2005-)
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経歴
プロ入り前
小学校1年生のときに『宜野湾ベースボールキッズ』で野球を始め[2]、宜野湾市立宜野湾中学校では硬式野球の『宜野湾ポニーズ』に所属し、2年時にはポニーリーグ日本代表に選出された[3]。中学2年時までは内野手であったが、3年生からは一塁手を務めながら、本格的に投手としての練習を始めた[4]。
東邦高校に進学すると、1年夏に投手へ転向し[5]、1年秋から背番号1を付けた[2]。2年秋は県大会と東海大会で優勝[3]を果たして明治神宮大会に出場し[2]、センバツ出場も確実にしたが、県大会期間中から右肩痛を発症しており、2年冬はノースロー調整[3]。ほぼぶっつけ本番であったという春のセンバツ[2]では2試合に先発し、計11イニングを7失点であった[3]。3年夏は右手を負傷したこともあり[6]、県大会4回戦では登板機会がなく、星城に敗れた[7]。
2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、オリックス・バファローズから育成3位指名を受けた[8]。11月15日に支度金300万円・年俸240万円(金額はいずれも推定)で仮契約を結んだ[9]。背番号は043[10]。
オリックス時代
2024年はウエスタン・リーグで6試合に登板し、防御率7.59を記録。10回2/3を投げて四球14と制球力に課題を残した[11]。
2025年は二軍で前年を上回る18試合に登板。6勝3敗、防御率2.33を記録した。オフには台湾のアジアウインターベースボールリーグに参加。3登板で2勝、防御率1.80を記録した。帰国後には、50万円増の推定年俸300万円で契約を更改した[12]。
2026年は二軍で7試合に登板して4勝1敗、防御率2.63という成績を残して[13]、5月5日に支配下登録された[1][注 1]。背番号は65で、推定年俸は500万円[15][1]。監督の岸田護は先発投手として起用していく方針を示した[13]。