宮崎修
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20代の頃、知人の紹介により、オープン間もない南青山「ラ・ロシェル」でシェフとしてのキャリアをスタートさせる。2年程勤めた後、フランスに渡りノートルダム寺院近くに店を構えるレストランで働くことに。 その後「Lucas Carton〜ルキャ・キャルトン〜」の副料理長に就任する。すぐそばにはマドレーヌ寺院、数ブロック離れた先にはオペラ座やコンコルド広場、ルーブル美術館がそびえ立つ伝統的なレストランとして広く知られている(ミシュランの3ツ星を長く維持)。またプライベートレストラン「セークル」の料理長を兼任する。
帰国後、お台場にオープンしたホテル日航東京(現ヒルトン東京お台場)テラス・オン・ザ・ベイの料理長に就任。その後フレンチのカリスマとして名高いアラン・デュカス氏が舞浜イクスピアリにオープンした「スプーン・アラン・デュカス」の料理長、続いて「旧新橋停車場」内の「グラン・カフェ 新橋ミクニ」総料理長、「ベージュ・アラン・デュカス」副総料理長、「東京ベイコート倶楽部」洋食統括料理長を務める。[3]
東京ベイコート倶楽部退職後は、群馬県草津町の「中沢ヴィレッジ」総料理長に就任。その後再び東京に戻り、クリスチャン ディオールとのコラボレーションで話題になった「Café Dior by Pierre Hermé」、「ロクシタンカフェSHIBUYA TOKYO」の開業をピエール・エルメのエクゼクティブ・シェフ・アドバイザーとして務める。 そして現職である「CITY CLUB OF TOKYO」料理長に就任。2024年8月1日よりレストラン「MIYAZAKI」の料理長。
宮崎修総料理長 監修の料理は、結婚式のメニューとしても堪能することが出来る。[4]