宮崎光行
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騎手になったきっかけは親が競馬好きで背が低いためなれると思ったため。中学3年生の時は体重が32kgしかなかったという[1]。
道営競馬の須藤三千夫厩舎に所属に所属し、1984年9月30日に札幌競馬、第2競走でツルギスターに騎乗しデビューする。勝負服は師匠である須藤の「緑・胴白元禄」を受け継いだ。
同年10月21日に札幌競馬第7競走でイケノヨウミドリで優勝し初勝利を挙げた[2]。
1989年には赤レンガ記念をツルギエイカンで制し重賞初制覇、当馬で同年の第1回ブリーダーズゴールドカップで3着に入る。
1993年、デビュー9年目にして初の道営リーディングジョッキーとなる。
1996年にはキングユーカーで第1回グランシャリオカップで2着に入る。
1997年、JRAで初騎乗し、翌年のちの重賞勝ち馬であるチェックメイトでJRA初勝利を果たす。
2004年、地方通算1000勝を達成。
2010年、北海道2歳優駿をカネマサコンコルドで制し、ダートグレード競走初制覇。
2013年にハッピースプリントとのコンビで北海道2歳優駿を制すと、全日本2歳優駿も制し、JpnI初制覇を飾る。
2019年、地方通算2000勝を達成。同年ヒダカソウカップをクオリティスタートで制し、ホッカイドウ競馬最高齢重賞勝利達成(52歳6月27日)[3]。
2024年10月30日門別11Rトモノシルバーで4着になったのを最後に騎乗することなく、2025年6月3日付けで騎手免許を返納し現役を引退した[4]。