Wikiwand AI

宮崎勝次

From Wikipedia, the free encyclopedia

宮崎 勝次(みやざき かつじ、1914年(大正3年)1月2日[1] - 没年不明)は、日本の実業家。東洋ラジエーター(現:ティラド)元常務取締役[1]。宮崎航空工業元専務取締役[1]。アニメ監督の宮崎駿は次男。版画家の宮崎敬介とアニメ監督の宮崎吾朗は孫。

東京府東京市本所区(現:東京都墨田区)出身[2]。初代宮崎富次郎の次男として生まれる[3]。兄は東洋ラジエーター(現:ティラド)元社長の2代目宮崎富次郎[3]。

1934年(昭和9年)早稲田大学専門部商科卒業。1957年(昭和32年)松菱金属工業(現:日鉄プロセッシング)取締役、1961年(昭和36年)東洋ラジエーター(現:ティラド)監査役に就任[2]。

人物

宗教は天台宗[2]。趣味は囲碁(三段)、小唄[2]。

戦前は飛行機作りに携わっていた人物で、「宮崎飛行機」という工場の工場長として働き、零戦の風防などのパーツ製造を担っていた[4]。宮崎駿いわく、父親は「享楽的」な性格だったらしく、戦闘機の制作に携わりながらも社会の動向に関しては他人事で、思春期の頃には口論になったこともあるという[4]。

略歴

  • 1942年(昭和17年) - 宮崎航空工業専務取締役
  • 1950年(昭和25年) - 四菱産業専務取締役
  • 1957年(昭和32年) - 松菱金属工業取締役
  • 1961年(昭和36年) - 東洋ラジエーター監査役
  • 1963年(昭和38年) - 同社取締役
  • 1966年(昭和41年) - 同社常務取締役
  • 1978年(昭和53年) - 同社非常勤取締役

家族

脚注

参考文献

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks