宮徹

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国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県
生年月日 (1960-07-11) 1960年7月11日(65歳)
所属団体 JRA
宮徹
第138回目黒記念パドック(2024年5月26日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県
生年月日 (1960-07-11) 1960年7月11日(65歳)
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 栗東・田中四郎(1981.3 - 1986.12)→
栗東・吉田三郎(1986.12 - 1987.9)→
栗東・古川平(1987.10 - 1990.2)→
栗東・フリー(1990.2 - 1990.2)→
栗東・大久保光康(1990.3 - 1990.10)→
栗東・大久保正陽(1990.10 - 1991.1)→
栗東・上田三千夫(1991.1 - 1993.2)→
栗東・フリー(1993.3 - 1993.11)→
栗東・上田三千夫(1993.11 - 引退)
初免許年 1981年
免許区分 平地
騎手引退日 1996年2月28日
通算勝利 2285戦136勝
調教師情報
初免許年 1996年(1997年開業)
経歴
所属 栗東T.C.
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宮 徹(みや とおる、1960年7月11日 - )は日本中央競馬会 (JRA) 栗東トレーニングセンター所属の調教師

父が競馬好きで、阪神競馬場に連れて行ってもらったのが競馬へのきっかけである[1]

1981年3月馬事公苑騎手長期課程を修了し栗東・田中四郎厩舎所属の騎手としてデビュー[2]

以降引退までの16年間、途中2度のフリー転向を含め古川平大久保正陽などの有力厩舎を渡り歩き、通算で136勝をマーク。またデビュー初年度の小倉3歳ステークスをはじめ1986年・1989年菊花賞など重賞競走にも10戦あまり騎乗しているが勝ち鞍を挙げるまでには至らず、1982年のスワンステークス2着が最高成績となっている。

1996年調教師免許の取得にともない同年2月をもって現役を引退、翌年栗東に厩舎を開業[2]。その初年度にアインブライド阪神3歳牝馬ステークスを制し騎手時代に成し得なかった重賞勝利をGIで遂げたほか、1999年から2000年にかけてはマイターン中央競馬地方競馬双方で活躍するなど、調教師転向後は多くの実績馬を輩出している。

2008年12月6日、阪神8Rでグッドフロマージュが1着となり、現役112人目となるJRA通算200勝を2764戦目で達成した[3]

2019年12月15日、中京8Rでウインラナキラが1着となり、現役42人目のJRA通算400勝を5816戦目で達成した[4]

騎手成績

1着2着3着騎乗数勝率連対率
平地 1361571732285.060.128
日付競走名競馬場馬名頭数人気着順
初騎乗・初勝利1981年3月1日4歳未勝利阪神エプソムクイーン6頭21着
重賞初騎乗1981年8月30日小倉3歳S小倉バラシアグリーム16頭147着
GI初騎乗1986年11月9日菊花賞京都アラオスイセイ21頭1819着

調教師成績

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走1997年3月2日1回阪神4日9Rゆきやなぎ賞メジロシェルティ7頭57着
初勝利1997年7月26日2回函館7日1R3歳未勝利シャインポイント9頭11着
重賞初出走1997年5月3日3回京都5日11RアンタレスSホウエイコスモス16頭1516着
GI初出走1997年10月26日4回東京8日10R天皇賞(秋)ホウエイコスモス16頭1314着
GI初勝利1997年11月30日5回阪神2日11R阪神3歳牝馬Sアインブライド16頭71着

おもな管理馬

※括弧内は当該馬の優勝重賞競走、太字はGI級競走。また競走名は出走当時のもの。

おもな厩舎スタッフ

脚注

関連項目

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