宮本博
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父が厩務員であったため、京都競馬場で生まれ、栗東トレーニングセンターで育つ。また、伯父の宮本悳はタニノハローモアで東京優駿(日本ダービー)を制した元騎手で、元調教師である[1]。従弟に岸滋彦がいる。
父の勧めもあり15歳より馬術をはじめ、京都産業大学時代に馬場馬術で関西学生ナンバーワンとなる。全日本の学生選抜メンバーとして3年次にイギリス、4年次に韓国での対抗試合の経験もある。
競馬学校を卒業した1985年7月から、親戚である中尾謙太郎厩舎に厩務員として所属[2]。同年11月からは調教助手となる。持ち乗り調教助手として手掛けたおもな活躍馬に重賞3勝ナリタキングオーと重賞7勝キョウトシチーがいる[3]。1998年にはキョウトシチーでドバイワールドカップに遠征(6着)。
2003年に調教師免許を取得後、翌2004年3月1日付けで開業[4]。初出走は同年3月13日、中京競馬第4競走のクラウドシチーで12着であった。翌月、園田競馬でナリタボールド、ナリタチャンピオンが交流戦を勝利。JRA初勝利は同年5月9日、京都競馬第8競走のナリタボールドで、のべ21頭目であった[5]。2008年の小倉2歳ステークスをデグラーティアで制してJRA重賞初勝利を挙げた[6]。
2013年7月6日、函館7Rでケイティーズハートが1着となり、JRA通算200勝を達成した[7]。
2018年12月22日、阪神8Rでサマーサプライズが1着となり、現役65人目となるJRA通算300勝を達成した[8]。
2025年2月16日、京都3Rでニシノジェダイが1着となり、現役41人目となるJRA通算400勝を5258戦目で達成した[9]。
調教師成績
主な管理馬
グレード制重賞優勝馬
※括弧内は当該馬の優勝重賞競走、太字はGI級競走。
- デグラーティア(2008年小倉2歳ステークス)
- ベストメンバー(2009年京都新聞杯[10])
- ウインフルブルーム(2015年京都金杯[11])
- ボールライトニング(2015年京王杯2歳ステークス[12])
- キョウヘイ(2017年シンザン記念[13])
- クリンチャー (2018年京都記念、2020年みやこステークス、2021年佐賀記念、2021年・2022年名古屋大賞典)
- フェーングロッテン(2022年ラジオNIKKEI賞)[14]
- ロンドンプラン(2022年小倉2歳ステークス)[15]
- エートラックス(2024年兵庫チャンピオンシップ、2025年東京スプリント)