フェーングロッテン

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欧字表記 Feengrotten[1]
性別 [1]
フェーングロッテン
欧字表記 Feengrotten[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 2019年5月15日(7歳)[1]
抹消日 2026年4月8日
ブラックタイド[1]
ピクシーホロウ[1]
母の父 キングヘイロー[1]
生国 日本の旗 日本北海道安平町[1]
生産者 ノーザンファーム[1]
馬主 (有)サンデーレーシング[1]
調教師 宮本博栗東[1]
競走成績
生涯成績 27戦4勝
平地:20戦3勝
障害:7戦1勝
獲得賞金 1億5065万7000円[1]
勝ち鞍
GIIIラジオNIKKEI賞2022年
Listed白百合S2022年
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フェーングロッテン(欧字名:Feengrotten2019年5月15日 - )は、日本競走馬[1]2022年ラジオNIKKEI賞の勝ち馬である。

馬名の由来は、ドイツにある妖精の洞窟と呼ばれる鍾乳洞

デビュー前

2019年2月20日、北海道安平町ノーザンファームで誕生。一口馬主法人サンデーサラブレッドクラブから総額2,800万円(一口70万円×40口)で募集された。その後、栗東宮本博厩舎に入厩した。

2歳(2021年)

9月5日の2歳新馬小倉芝1800m)を鮫島克駿でデビュー。初戦はのちの朝日杯フューチュリティステークス東京優駿勝ち馬のドウデュースセントライト記念勝ち馬のガイアフォースに3馬身差の3着に敗れる。2戦目の2歳未勝利でサトノヘリオスに半馬身差の2着に敗れると、続く2歳未勝利(阪神芝2000m)で松山弘平に乗り替わり、後続に2馬身半差をつけて初勝利を飾る。次走、エリカ賞は中団から伸びずブービーの10着に敗れた。

3歳(2022年)

3歳初戦、3歳1勝クラスは勝ち馬から6.8秒差と大差をつけられた最下位となる。続く、大寒桜賞は勝ち馬には離されたものの3着と好走する。7頭立て5番人気で出走した白百合ステークス松若風馬が騎乗、初ブリンカーで向正面で後続を10馬身以上離す大逃げから、そのままゴールまで押し切り、1馬身1/4差をつけて逃げ切り勝ち。2勝目を手にした[2]。重賞初挑戦となったラジオNIKKEI賞は3番手から直線内ラチ沿いから抜け出し、逃げ粘るショウナンマグマを3/4馬身交わして1着、重賞初制覇となった[3]。次走、古馬との初対決となった新潟記念は3番手追走からいったん先頭に立つも、カラテユーキャンスマイルに交わされ3着となった。
次走はG1初挑戦となる菊花賞に臨んだものの15着であった。担当する久保調教助手は「前走は距離が長かった。度外視していい」とコメントしている。[4]

4歳(2023年)

4歳初戦は、中山金杯での始動となった。陣営も「距離は2000メートルくらいが合う」とコメントしていた。[4]レースは果敢にハナを奪ってしぶとく粘ったものの、ゴール前で捕まり3着に惜敗した。鞍上の松若騎手は「周りの動きをうかがいながら逃げる形でしたが、こういう競馬をしたかった。道中もリズム良く走れたし、ラストは少し苦しくなったが、馬の気持ちは最後まで切れていなかったです」とコメントしている。[5]

2戦目は金鯱賞に出走した。レースは果敢に逃げるも2着であった。松若騎手は「メンバー構成などを見て(ハナに)行けたらいいなと思っていました。うまく先手を取れ、いいリズムといいバランスで運べましたし、厩舎がうまく仕上げてくれたことで頭が上がる面も改善していました。ペースも思った通りだっただけに悔しいです。馬は成長しています」とコメントした。[6]

次走は鳴尾記念に出走するも2着。松若騎手は「落ち着きがあって、いい返し馬ができましたが、スタートからあまり出て行かず、前半の進みがいつもと違いました。最後はのまれそうになってから、もうひと踏ん張り。どうも馬が遊んでいるようなところが見受けられます。今日は勝ちたかったのですが…」と今後の課題をあらわにした。[7]

そうした中で迎えた七夕賞は14着と惨敗。松若騎手は「前走くらいから行きっぷりが悪くなっていたので、そこがどうかなと思っていた。具合とかは問題ないのですが、テンから進んでいかず、気が乗らなかった。」とコメントした。[8]また、宮本調教師は「前回は馬に気がなかったね。たまにそういう面を見せるんですよ。中間からそんな感じがあったんです」とその後振り返っている。[9]

秋は毎日王冠から始動した。七夕賞で課題となった気難しさは出さずに順調に来ており、宮本師も「いい体になった」と語っているほどであった。[9]しかし、レースの結果は12着だった。松若騎手は「ゲートに入るまでの雰囲気は良かったのですが......。気持ちの面で難しさがあります」[10]と七夕賞からの気性面での課題が続いていることをあらわにした。

次走は、チャレンジカップ に挑んだ。前走から惨敗が続いていることもあり、鞍上は短期免許で来日しているバウルジャン・ムルザバエフ騎手に乗り替わりとなった。レース前のインタビューで宮本師は「今年に関しては暑い時季でダメでしたね。状態は悪くないですよ。」[11]とコメントしていた。しかし、レースの結果は11着と惨敗。ムルザバエフ騎手は「メンタルの問題か、ゲートを出なかったので、後ろで脚をためていきましたが、馬を交わそうとしない面を見せていました。距離を延ばして楽に行けるようにすれば変わるかもしれません。気持ちの問題なのか、反応がありませんでした」とコメントしていた。[12]

その後、去勢手術を行った。[13]

5歳(2024年)~7歳(2026年)

2024年2月18日に行われた小倉大賞典では道中2番手で脚を溜めたが直線で一杯になり5着に敗れるも久々に掲示板を確保する。しかしその後のレースではは二桁着順が続いた。

明け6歳となった2025年からは障害に転向。3月23日中山の障害4歳上未勝利で1番人気に推されるも7着に敗れると、その後もあと一歩のところで勝ち切れないレースが続いたが、9月14日中山の障害3歳上未勝利では2番手追走から直線で抜け出すと後続に2馬身半差をつけ障害入り5戦目で初勝利を収める。

2026年は障害オープン特別を2度使われるも勝利することができず、4月8日付けでJRAの競走馬登録を抹消され現役を引退した。引退後は乗馬となる予定だが、繋養先は未定[14]

競走成績

血統表

脚注

外部リンク

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