宮脇千鶴
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1997年、嵯峨美術短期大学ビジュアルコミュニケーションデザインを卒業[2]。『金田一少年の事件簿』(1997年 - 2000年)第37話「「雪夜叉伝説殺人事件」ファイル1」が初の参加作品となる[注釈 1]。その後は原画を中心に活動した[4]。
2005年、ジャンプフェスタ・アニメツアー2005で公開された銀魂『何事も最初が肝心なので多少背伸びするくらいが丁度良い』で原画を担当し、最初から最後までの15年に渡って『銀魂』のアニメーション制作に参加した[1]。なお、当初は「あのちょっと変わったマンガか~」という印象だった[4]。翌2006年4月4日からサンライズが制作し、テレビ東京で放送された『銀魂(第1期)』第1話「てめーらァァァ!!それでも銀魂ついてんのかァァァ!(前編)」において、佐藤陽子と共同で作画監督を担当した[1]。『銀魂'(第2期)』第1話(第202話)「春休み明けは皆ちょっと大人に見える」からは絵コンテ・演出などを担当し、『銀魂゜(第3期)』 第1話(第266話)「一時停止はうまい具合には止まらない」より藤田陽一から監督を引き継いだ[1][5][6][7][注釈 2]。
また、『銀魂』の初代監督の高松信司を監督とする『美男高校地球防衛部LOVE!』では副監督・デザインコンセプトを担当した[8][9]。『美男高校地球防衛部HAPPY KISS!』の制作時、高松が「いつもどおり、『なんかいい感じに描いて』」と宮脇に依頼した結果、「いい感じ」に仕上がったとしている[8]。
『銀魂 THE FINAL』では監督・脚本などを担当した他、監修の藤田と協力して絵コンテを担当した[1][7][10][11]。なお、ダビング作業中に音響監督の高松が「大丈夫なの?これ本当に完成するの?」と心配したものの、初号試写上映後に高松は最初に拍手した他、宮脇にLINEで「完成してよかったです」と称賛した[12]。宮脇によると「先代の藤田さんから受け取った“クソ重たいバトン”を落とさずに最後まで走り切れた。」としている[6]。なお、『銀魂』本誌がアプリ連載へ移行と同時期にアニメーション制作の企画が開始し、「最後の話、映画じゃないと無理でしょ!」と宮脇が提案したため、劇場版の制作が決定した[4]。
日本サンライズ(現:サンライズ)が制作した「『戦闘メカ ザブングル』が子供のころから大好き」な作品としている[4]。
文化放送『裏方ラジオ』MCの松原秀とは『銀魂゜(第3期)』第3話(第268話)「ベギラマな夏 / 何もねぇよ夏2015」からの知り合いである。