寂如
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幼名
房麿
法名
寂如
院号
信解院
諱
光常、興賢
| 寂如 | |
|---|---|
| 1651年9月12日(グレゴリオ暦換算)[1] - 1725年8月15日(グレゴリオ暦) | |
| 幼名 | 房麿 |
| 法名 | 寂如 |
| 院号 | 信解院 |
| 諱 | 光常、興賢 |
| 尊称 | 寂如上人 |
| 宗旨 | 浄土真宗 |
| 宗派 | 浄土真宗本願寺派 |
| 寺院 | 西本願寺 |
| 師 | 良如 |
| 弟子 | 湛如、静如、住如 |
| 廟 | 大谷本廟 |
寂如(じゃくにょ)は、江戸時代前期の浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第14世宗主。西本願寺住職。諱は光常。院号は信解院。法印大僧正。父は第13世良如。九条兼晴の猶子。母は近江国三井の人(揚徳院寂照)。室は鷹司信房の娘(貞淑院如瑞)。第16世湛如は10男。子は第15世住如の妻・瑞光院如浄、静如。弟は河内国顕証寺住職寂淳、播磨国本徳寺住職寂円。