富山橋 (富士川)
From Wikipedia, the free encyclopedia
国道300号(通称:本栖みち)では最長の橋である。名前の由来は両岸にあった富里村の富と下山村の山からきているとされるが、定かではない[1]。古くから下山地区の住民が対岸にある身延線波高島駅を利用するのに重要な役割を担っている。
架橋の始まりは1928年(昭和3年)で、渡し船の経営者に有料橋建設の許可が出て着手されたが、工事中に流失。1936年(昭和11年)に県費負担で架橋が再開され、木橋のほかに吊り橋も試されたが増水のたびに流失していた模様である[1]。1955年(昭和30年)から1967年(昭和42年)にかけて木橋から全長457m、幅7.0mの歩車分離式のトラス橋に順次架け替えられ、以降その橋は流されることなく使用されていた[1][2]。架橋後40年以上が経過し老朽化が進行したことと、波高島付近に中部横断自動車道身延インターチェンジが設けられることとなり、車道部の幅員が5.5mしかない状況では工事車両の通行に支障をきたすことから波高島地区の道路改良工事と併せて旧橋の北側に桁橋への架け替えが行われ[3]、2008年(平成20年)に開通。同時に行われていたトンネル工事(波高島トンネル、全長742m)とあわせ波高島バイパスとして供用を開始した[4]。その後旧橋は閉鎖され、順次撤去されている。
諸元
脚注
- 1 2 3 “峡南教育事務所・峡南地域教育情報紙「かけはし」90号” (PDF). p. 4. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月20日閲覧。
- 1 2 神田一. “富山橋の補修工事(『橋梁と基礎』8巻10号)”. 建設図書. p. 134
- ↑ 山梨建設新聞 (2005年4月26日). “波高島トンネル着工/2か年で債務負担18億/国道300号波高島バイパス”. 日本工業経済新聞. オリジナルの2024年7月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20240719224500/https://www.nikoukei.co.jp/news/detail/35635 2024年7月20日閲覧。
- 1 2 “道路の供用開始(国道300号波高島バイパス)”. 山梨県. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月20日閲覧。
富士川の橋 | |
|---|---|
| 釜無川 | |
| 富士川 | (釜無川・笛吹川) - 富士川大橋(富士川西部広域農道) - 富士川橋(中部横断自動車道) - 富士橋 - 鹿島橋 - 月見橋 - 峡南橋 - 富士川橋(山梨県道割子切石線) - 中富橋 - 飯富橋 - 富山橋 - 身延橋 - 富士川大橋(中部横断自動車道) - 南部橋 - 富栄橋 - 万栄橋 - 新内房橋 - 釜口サイフォン橋 - 釜口橋 - 内房橋 - 富原橋 - 逢来橋 - 新富士川橋(新東名高速道路) - 富士川かりがね橋 - 富士川橋(東名高速道路) - 富士川橋(静岡県道富士由比線) - 富士川橋梁(東海道本線) - 富士川橋梁(東海道新幹線) - 新富士川橋(国道1号) - (駿河湾) |
|
| |
この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。 |
