寺田吉孝 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 福岡県福岡市生年月日 (1953-02-04) 1953年2月4日(72歳)身長体重 172 cm67 kg寺田 吉孝基本情報国籍 日本出身地 福岡県福岡市生年月日 (1953-02-04) 1953年2月4日(72歳)身長体重 172 cm67 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 捕手、外野手プロ入り 1970年 ドラフト6位初出場 1977年7月15日最終出場 1982年10月10日経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 選手歴 筑紫工業高等学校 近鉄バファローズ (1971 - 1978) ヤクルトスワローズ (1979 - 1980) 広島東洋カープ (1981 - 1982) コーチ歴 南海ホークス(1983 -1984) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 寺田 吉孝(てらだ よしたか、1953年2月4日 - )は、福岡県出身の元プロ野球選手(捕手、外野手)。右投右打。 筑紫工業高等学校では、捕手として1970年夏の甲子園県予選準々決勝に進むが、博多工に敗退。高校の1年下に鶴崎茂樹がいた。 同年のドラフト6位で近鉄バファローズに入団。辻佳紀、岩木康郎ら捕手陣の壁を破れず二軍暮らしが長かった。捕手としては1977年に1試合に出場したのみで、地肩の強さを活かすため外野手に転向。同年はウエスタン・リーグで首位打者を獲得、一軍でも6試合に指名打者として先発出場(うち3試合に偵察要員が使われた)を果たす。 1978年オフに神部年男・佐藤竹秀と共に、チャーリー・マニエル・永尾泰憲との交換トレードでヤクルトスワローズに移籍。主に代打として起用されるが、1979年には2試合に一番打者、外野手として先発。1980年11月に自由契約となり広島東洋カープに移籍。ここではあまり活躍の機会がなく、1982年限りで現役引退。 引退後は1983年から2年間、南海ホークスの二軍守備コーチに就任した。 詳細情報 年度別打撃成績 年度球団試合打席打数得点安打二塁打三塁打本塁打塁打打点盗塁盗塁死犠打犠飛四球敬遠死球三振併殺打打率出塁率長打率OPS 1977 近鉄 2138322600061301051061.188.297.188.485 1979 ヤクルト 6769625154012291000601190.242.319.355.674 1981 広島 3026203300030000060060.150.346.150.496 通算:3年 1181331141024401311040101711311.211.318.272.590 年度別守備成績 年度試合企図数許盗塁盗塁刺阻止率 19771000---- 記録 初出場:1977年7月15日、対クラウンライターライオンズ後期1回戦(平和台球場)、2回表に石山一秀の代打として出場 初打席・初安打:同上、2回表に竹田和史から 初先発出場:1977年7月16日、対クラウンライターライオンズ後期2回戦(平和台球場)、6番・指名打者として先発出場 初打点:1977年8月20日、対クラウンライターライオンズ後期8回戦(日生球場)、7回裏に永射保から 初本塁打:1979年8月8日、対読売ジャイアンツ14回戦(明治神宮野球場)、6回裏に西井哲夫の代打として出場、堀内恒夫から逆転決勝3ラン 背番号 56 (1971年 - 1976年) 40 (1977年 - 1980年) 38 (1981年 - 1982年) 74 (1983年 - 1984年) 関連項目 福岡県出身の人物一覧 大阪近鉄バファローズの選手一覧 東京ヤクルトスワローズの選手一覧 広島東洋カープの選手一覧 表話編歴近鉄バファローズ - 1970年ドラフト指名選手指名選手 1位:市橋秀彦 2位:石渡茂 3位:中沢春雄 4位:窪田欣也(入団拒否) 5位:佐野勝稔 6位:寺田吉孝 7位:高橋幸広 8位:小橋英明(入団拒否) 9位:新井鐘律(入団拒否) Related Articles