小嶋光康
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15歳からゴルフを始め、高橋五月に師事し、1986年にプロ入りする[2]。
1988年の栃木オープンでは最終日に69をマークして高橋完と共に首位タイで並んでプレーオフに持ち込んだが、2位に終わった[3]。
1993年には関東PGAフィランスロピートーナメントで優勝[2]。
1999年の後楽園カップ(第4回)では初日69・最終日67[4]をマークして青木基正と並んでの5位タイ[5]、2000年のJGTO iiyamaチャレンジiではプラヤド・マークセン(タイ王国)と並んでの10位タイ[6]に入った。
2004年のPGAカップチャレンジではインスタートの初日に12番のパー3でバーディを奪うと、続く13番、17番、18番でバーディを沈め手堅く前半を4バーディ、ノーボギーの32で折り返す[7]。続くアウトでも2番のパー3でバーディパットを沈めると5番、7番、8番でもバーディを沈め、8バーディー、ノーボギー64のトータル8アンダーで単独首位に立った[7]。4つのパー3ホールで全てバーディを決めるなどアイアンショットが冴え渡り、完璧なゴルフでのラウンドであったが、最終日は経験不足から来る緊張からか前日のようなバーディを決められない展開が続く[7]。5番でようやくバーディを奪うものの8番でボギー[7]、続く9番ではダブルボギーと後退し[7]、河井博大・古木譲二と並んでの14位タイ[8]に終わった。
2004年の日本プロ[9]を最後にレギュラーツアーから引退し、2006年のPGA・JGTOチャレンジⅠでは最終日に67をマークして初日32位タイから7位タイに浮上[10]。