小嶋光康

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生誕 (1963-03-23) 1963年3月23日(62歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県
小嶋 光康
Mitsuyasu KOJIMA
基本情報
生誕 (1963-03-23) 1963年3月23日(62歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県
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小嶋 光康(こじま みつやす、1963年3月23日 - )は、埼玉県出身のプロゴルファー

日本大学商学部ゴルフ部出身[1]

15歳からゴルフを始め、高橋五月に師事し、1986年にプロ入りする[2]

1988年栃木オープンでは最終日に69をマークして高橋完と共に首位タイで並んでプレーオフに持ち込んだが、2位に終わった[3]

1993年には関東PGAフィランスロピートーナメントで優勝[2]。     

1999年の後楽園カップ(第4回)では初日69・最終日67[4]をマークして青木基正と並んでの5位タイ[5]2000年のJGTO iiyamaチャレンジiではプラヤド・マークセンタイ王国)と並んでの10位タイ[6]に入った。

2004年のPGAカップチャレンジではインスタートの初日に12番のパー3でバーディを奪うと、続く13番、17番、18番でバーディを沈め手堅く前半を4バーディ、ノーボギーの32で折り返す[7]。続くアウトでも2番のパー3でバーディパットを沈めると5番、7番、8番でもバーディを沈め、8バーディー、ノーボギー64のトータル8アンダーで単独首位に立った[7]。4つのパー3ホールで全てバーディを決めるなどアイアンショットが冴え渡り、完璧なゴルフでのラウンドであったが、最終日は経験不足から来る緊張からか前日のようなバーディを決められない展開が続く[7]。5番でようやくバーディを奪うものの8番でボギー[7]、続く9番ではダブルボギーと後退し[7]河井博大古木譲二と並んでの14位タイ[8]に終わった。

2004年の日本プロ[9]を最後にレギュラーツアーから引退し、2006年のPGA・JGTOチャレンジⅠでは最終日に67をマークして初日32位タイから7位タイに浮上[10]

現在は水野和徳と共に小山ゴルフクラブ所属で[11]、栃木県プロゴルフ会メンバーでもある[12]

主な優勝

脚注

外部リンク

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