古木譲二
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1984年のアジアサーキット・マレーシアオープンでは初日を4バーディー、ボギーなしでアマチュアの田中泰二郎と共に4アンダー67の首位に立ったが[2]、2日目には1オーバー72、通算139で4位タイに後退[3]。
1984年のアコムダブルスでは森下正美とペアを組み、初日を菊地勝司&浅井教司ペア・新関善美&藤木三郎ペア・高橋五月&横島由一ペアと並んでの4位タイ[4]でスタートした。
1986年にはKSB瀬戸内海オープンで中尾豊健と並んでの9位タイ[5]、ブリヂストン阿蘇オープンでは丸山智弘・山本治人・海老原清治・甲斐俊光、デビッド・イシイ(アメリカ)と並んでの6位タイ[6]、ペプシ宇部で新関・前田新作と並んでの8位タイ[7]、日本プロで入野太・稲垣太成と並んでの7位タイ[8] [9]、NST新潟オープンでは白浜育男と並んでの3位タイ[10]に入った。
1987年には広島オープンで金井清一・合田洋・長谷川勝治と並んでの7位タイ[11]に入り、和歌山オープンで優勝[1]。
1987年と1992年には日本ドライビングコンテスト[12]で優勝し、1988年のかながわオープンでは初日を近藤守・青木基正と共に69をマークして2位タイでスタートした[13]。
1992年にはNGAオープンで優勝し[1]、1995年のサンコーグランドサマーでは4日間60台[14]で丸山・細川和彦と並んでの3位タイ[15]に入った。
2005年には神奈川県オープンで丸山と並んでの3位タイ[16]に入り、2007年のKBCオーガスタ[17]を最後にレギュラーツアーから引退。
2016年11月からは横浜市の「モリシゲ・インドア・ゴルフ・クラブ」でコーチとしてプロレッスンを担当[18] [19]。