小林国男

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1950-10-03) 1950年10月3日(75歳)
身長
体重
175 cm
70 kg
小林 国男
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市熱田区
生年月日 (1950-10-03) 1950年10月3日(75歳)
身長
体重
175 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1971年 ドラフト12位
初出場 1973年5月21日
最終出場 1979年9月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

小林 国男(こばやし くにお、1950年10月3日 - )は、愛知県名古屋市出身の元プロ野球選手投手)・コーチ

愛知・享栄高では、エース投手として1968年夏の甲子園に出場[1]。1回戦で倉敷工に敗退。卒業後は西濃運輸に入社[1]早川実柴田昌邦両投手との三本柱で活躍する。

1971年ドラフト12位でヤクルトから指名を受けた。交渉権を保留したまま臨んだ1972年都市対抗では2勝をあげ準決勝に進出するが、優勝した日本楽器のエース新美敏に抑えられ敗退。1972年10月にヤクルト入団[1]1973年、先発の一角として起用されるが2勝に留まる。1974年も2勝に終わり真価を発揮できなかった。その後は主に中継ぎとして起用される。

1978年には自己最多の46試合に登板し、ヤクルトのリーグ初優勝に貢献。阪急ブレーブスとの日本シリーズでも3試合に登板し、チーム日本一に力を添えた。1981年を最後に現役を引退[1]

引退後はヤクルトで打撃投手を務めた。1995年よりトレーニングコーチ補佐を2001年まで務め、2002年より野村克也監督の下シダックス投手コーチに就任[1]2006年10月同部の廃部に伴い退団となる。

スリークォーターからの速球スライダーカーブシュートを武器とした。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1973 ヤクルト 261310023----.40024459.15641512280023192.901.20
1974 219101230--.40031371.282102422311139384.751.48
1975 314000020--.00018239.05261522180026235.311.72
1976 301000011--.00015133.23731401190013123.181.51
1977 160000000------5610.218150021010108.182.16
1978 463000111--.50021650.24972123311027234.061.38
1979 130000010--.0004910.0152500600554.502.00
通算:7年 183302015112--.3131211275.03093399710135311431304.251.48

記録

  • 初登板:1973年5月21日、対読売ジャイアンツ7回戦(後楽園球場)、8回裏から3番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 初奪三振:同上、高田繁から
  • 初先発:1973年5月23日、対阪神タイガース8回戦(明治神宮野球場)、3回無失点で勝敗つかず
  • 初勝利・初完投:1973年7月18日、対阪神タイガース16回戦(阪神甲子園球場)、9回2失点(自責点1)
  • 初安打:1973年10月1日、対中日ドラゴンズ24回戦(明治神宮野球場)、7回裏に渋谷幸春から単打
  • 初セーブ:1976年9月6日、対読売ジャイアンツ22回戦(後楽園球場)、8回1死から2番手で救援登板・完了、1回2/3無失点

背番号

  • 14 (1973年 - 1981年)
  • 81 (1982年 - 1985年)
  • 83 (1986年)
  • 84 (1987年 - 1999年)

脚注

関連項目

外部リンク

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