小林樹斗
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小林 樹斗(こばやし たつと、2003年1月16日[1] - )は、和歌山県日高郡美浜町出身[2]のプロ野球選手(投手)。右投右打。
| 福岡ソフトバンクホークス #165 | |
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広島時代(2021年 マツダスタジアム) | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 和歌山県日高郡美浜町 |
| 生年月日 | 2003年1月16日(23歳) |
| 身長 体重 |
182 cm 88 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2020年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 2021年11月1日 |
| 最終出場 | 2022年5月21日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
プロ入り前
美浜町立松原小学校の時に松原少年野球クラブで野球を始め、美浜町立松洋中学校では軟式野球部に所属[2]。
智辯学園和歌山高校では1年春からベンチ入りしたが同年夏の選手権大会ではベンチ外。2年時に春夏連続で甲子園大会に出場。第91回選抜高等学校野球大会では、1回戦の熊本西戦にリリーフ登板、準々決勝の明石商戦でもリリーフ登板したが、9回来田涼斗にサヨナラ本塁打を打たれた。夏の第101回全国高等学校野球選手権大会でも1回戦の米子東戦でリリーフ登板、3回戦の星稜戦は先発し、奥川恭伸と投げ合った。2年秋からエース[2]。3年夏の甲子園交流試合では6回からリリーフ登板し、3イニングを2安打無失点に抑え、自己最速に迫る151km/hを計測した[3]。
2020年のドラフト会議で広島東洋カープから4巡目で指名を受け[2]、11月16日に契約金4000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した[4]。背番号は53[5]。
広島時代
2021年は、11月1日のシーズン最終戦で先発としてプロ初登板を果たしたが、4回途中6失点で降板した[6]。オフに、現状維持となる推定年俸500万円で契約を更改した[7]。
2022年は、開幕ローテーション6番手を遠藤淳志と争うも[8]、最終的に遠藤が選ばれた[9]。5月に中継ぎとして1試合登板したものの、6月4日のファームでの試合中に、右肘を疲労骨折。以後は治療とリハビリに専念した[10]。
2023年は、1月に前年の疲労骨折が完治すると[10]、5月1日のウエスタン・リーグ中日ドラゴンズ戦で実戦復帰[11]。最終的にウ・リーグ16試合に登板、3勝3敗、防御率2.95の成績を残したが[12]、シーズン終了後の秋季キャンプ中に右肘を痛め離脱[13]、再び疲労骨折と診断され、骨移植手術を受けた[14]。
2024年は、8月に実戦復帰しウエスタン・リーグ18試合に登板、1勝2敗、防御率5.30の成績を残した[14][15]。10月29日に戦力外通告を受け[16]、11月18日に育成選手として再契約した[17]。背番号は「129」に変更される[17]。
2025年はウエスタン・リーグで27試合に登板し、0勝0敗1セーブ、防御率4.78の成績だった[18]。10月1日に戦力外通告が発表された[19]。
四国IL・徳島時代
2026年1月12日に四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスが、小林が特別合格選手となったことを発表した[20]。1月15日に入団合意に至ったことが発表され、背番号は12となった[21]。3月頭、第6回ワールド・ベースボール・クラシックの開幕直前の強化試合におけるサポートメンバー制度によって、同じく徳島の石井康輝とともに韓国代表が小林を2日間帯同した。3月3日のオリックスとの強化試合(京セラドーム大阪)ではセーブシチュエーションの最終回を任され、三者凡退に抑えた[22][23][24]。
福岡ソフトバンクホークス時代
2026年5月20日、 福岡ソフトバンクホークスが育成選手として契約したことを発表。背番号は165[25]。
選手としての特徴
詳細情報
年度別投手成績
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
- 2025年度シーズン終了時
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板:2021年11月1日、対東京ヤクルトスワローズ25回戦(明治神宮野球場)、3回2/3を6失点で勝敗つかず
- 初奪三振:同上、1回表に塩見泰隆から空振り三振
- 打撃記録
- 初打席:2021年11月1日、対東京ヤクルトスワローズ25回戦(明治神宮野球場)、2回表に高橋奎二から捕前犠打