小林武史 (ヴァイオリニスト)
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家族
インドネシア・スマトラ島出身[1]。当時父親の小林米作がコダックのスマトラ店で働いていた。
1941年、鈴木鎮一に師事。
1949年、第18回毎日音楽コンクールヴァイオリンの部 第1位。
1953年、アラム・ハチャトゥリアンのヴァイオリンコンチェルトを日本初演。
1961年、ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに就任。
1964年、オーストリア・リンツ・ブルックナー管弦楽団のコンサートマスターに就任。
1967年、読売日本交響楽団のコンサートマスターに就任。
1969年、ショスタコーヴィチのヴァイオリンコンチェルト第2番を日本初演。
1979年、伊福部昭のヴァイオリン協奏曲第2番をチェコスロヴァキア国立ブルノ・フィルハーモニーで初演。
1983年、チェコスロヴァキア・ブルノ市国際音楽祭で團伊玖磨のファンタジアをブルノ・フィルハーモニーと世界初演。
1988年度、第43回文化庁芸術祭賞(音楽部門)受賞。1996年度、第51回同賞(音楽部門大賞)受賞[2]。
精力的に海外演奏活動を行い、国際交流基金文化使節としても活躍。ヴェネズエラでのスズキ・メソードに基づいた教育活動が、同国の文化政策エル・システマ成立に大きな役割を果たした[3]。
コレギウム・ムジクム東京主宰、宮城・中新田バッハホール音楽院院長、伊福部昭記念館初代館長を務めた[4]。