1945年に日本映画学校を卒業すると同時に東宝へ入社[1]。1956年の『白夫人の妖恋』で特撮作品に初参加し、翌年の『地球防衛軍』より本多猪四郎の下で本編班チーフカメラマンを務める[1][3]。緻密な計算に基づいた撮影により、特撮との親和性を高めている[3]。
1965年以降は、『ウルトラQ』(1966年)、『ウルトラマンA』(1972年)、『鬼平犯科帳』(1969年 - 1972年)など、テレビ作品でも活動した[1]。
好きな作品には『マタンゴ』と『ガス人間第一号』を挙げており、特撮偏重ではなくストーリーがあることを理由に述べている[3]。