白夫人の妖恋
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『白夫人の妖恋』(びゃくふじんのようれん)は、1956年に公開された、日本の東宝と香港のショウ・ブラザーズの共同制作の特撮伝奇映画である[出典 2]。カラー、スタンダード[出典 3]。上映時間は103分[出典 4]。
日本での公開日は1956年(昭和31年)7月5日[出典 5][注釈 1]。配給は東宝[出典 6]。同時上映は『鬼火』[1][17]。
キャッチコピーは「恋慕う妖姫の一念!その悲しみが呼ぶ呪の大洪水!世界三大伝説絢爛の映画化!」[17]。
東宝初の総天然色(イーストマン・カラー)による特撮映画であり[出典 7][注釈 2]、日本で最初にブルーバック撮影による合成を用いた作品でもある[出典 8]。中国の伝承『白蛇伝』を題材とした林房雄の小説『白夫人の妖術』を原作としている[出典 9][注釈 3]。
監督の豊田四郎は、多様な男女愛の描写に長けており、本作品でもその手腕を発揮している[出典 11]。音楽を担当した團伊玖磨は、『雁』や『夫婦善哉』などで豊田と組んでいる[24]。音楽面では、胡弓やミュージックソーなどを用いて中国の雰囲気を表現している[24]。
ヒロイン白娘の侍女である小青は、原作では魚の化身であるが本作品では青蛇の化身となっている[8][10]。
特撮を売りにしてはいなかったが[25]、本作品で培われたカラー撮影の技術が後の特撮作品の基礎になったとされる[26][27]。映画評論家の淀川長治は、本作品の特撮描写を高く評価していた[28]。
物語の結末は白娘が法海によって地中深く封印される原典や原作とは異なり、豊田の「魔性の者であっても白娘の愛情は純粋であり、邪恋ではない」との判断により、法海に許された白娘とその愛を受け入れた許仙がともに天上へ昇るものに改変されている。
ストーリー
西湖の辺りに、許仙という貧しい若者が住んでいた[出典 12]。ある雨の日、許仙は傘もなく濡れていた美女・白娘に自分の傘を差し出したところ、彼女から結婚を申し込まれ[29][3]、その支度金である銀2包まで手渡される[29]。許仙は喜び、姉夫婦と共にそれを開いてみると、中から出て来たのは盗品の銀であった[29][3]。罪を問われた許仙は鞭打ちに処せられたうえ、蘇州へ流された[29][3]。
許仙を慕う白娘は蘇州へ追ってきた[出典 13]。無実の罪であった許仙は白娘を恨んでいたが、彼女の心と向かい合う中に恨みは影を潜め、愛着だけが強くなっていく[16]。やがて許仙と白娘は婚礼を挙げて薬屋を開き[出典 14]、幸福な愛の生活を送ることとなった。ある時、許仙は茅山道人という道士から、「妖魔に魅入られている」と警告され、護符を託される[出典 15]。白娘の正体は、白蛇の精だというのだ[30][10]。許仙は護符で白娘の正体を暴こうとして護符を燃やされ、彼女の言葉で誤解が解かれる[30]。茅山は白娘と対決するが、彼女の妖力は茅山を遥かに上回っていた[30]。
しかし、白娘は端午の節句に宿屋の主・王明の宴に招かれた際、魔を払う酒・雄黄酒を口にしたために白蛇の姿を晒してしまい、そのショックで許仙は命を落とす[30][20]。白娘は許仙を蘇らせようと天界にいる仙翁のもとへ行き、蘇生の術を授かるが、その間に許仙は茅山の手によって蘇生しており、法海禅師のいる金山寺に匿われていた[30][20]。白娘は「許仙を返してほしい」と訴えるが、禅師は聞き入れない[30]。怒った白娘は許仙への愛情から、その妖力で長江の水を操り、金山寺めがけて大洪水を起こす[出典 16]。
キャスト
以下の順番は本編クレジットに準拠。
- 許仙[出典 17]:池部良
- 白娘[出典 17]:山口淑子
- 小青[出典 17]:八千草薫
- 法海禅師:徳川夢声[出典 18]
- 王明[出典 17]:上田吉二郎
- 姣容[出典 19](容[19]):清川虹子
- 李公甫[出典 17]:田中春男
- 芽山道人[出典 17]:東野英治郎
- 役人A[出典 20]:小杉義男
- 油売商人[出典 17]:谷晃
- 女中[15]:小泉澄子
- 呉家の女[出典 20][注釈 4]:宮田芳子
- 役人B[出典 20]:沢村いき雄
- 仙翁[出典 17]:左卜全
- 終南山の道士:森繁久彌[33][34](ノンクレジット)
- 医者[要出典]:河崎堅男
- 金山寺の坊主[要出典]:山田彰
- 海上日出男
- 池田兼男
- 金山寺の坊主[要出典]:大塚秀男、勝部義夫
- 宋の民[要出典]:堤康久
- 中島春雄[35][注釈 5]
スタッフ
製作
大映の『地獄門』(1953年)や『楊貴妃』(1955年)でカラー映画の制作に遅れをとっていた東宝は、自社初のカラー映画『宮本武蔵』(1954年)が海外でも評価されたことや、イタリアとの合作映画『蝶々夫人』が成功したことなどを受け、巨費を投じて香港のショウ・ブラザースとの合作によるカラー映画として本作品を制作した[27]。製作費は2億1千万円[出典 21]。
本作品の撮影は、ロケを行わずすべてセットで撮影された[18][30]。美術監督には、武蔵野美術大学教授の三林亮太郎が起用され[出典 22]、単なる宋代の再現ではなく、現代的な中国美術の人工美を取り入れることを狙いとした[18]。
カラー撮影の技術を習得するため、特撮班は撮影前に東洋現像所へ1か月通い、研修を行った[36]。当時のカラーフィルムは感度が低く、忠実な色の再現にはライトの調整を必要としており、セット内はライトによる熱で蒸し風呂のような熱さであった[出典 23][注釈 6]。また、緑のものは青く映ってしまうため、緑の色調を落とさねばならず[出典 24]、美術助手の井上泰幸は、植物の造形も撮影前に多くテストを行ったと証言している[出典 25]。一方、照明のセッティングにわざと時間をかけ、スタッフの休憩時間にあてていたともされる[3]。
ブルーバック背景の色の配合から試行錯誤が繰り返され、合成作業もすべて手作業であった[26][16]。合成を手がけた向山宏は、カラーになったことによってオプチカル・プリンターの光量も大きくなり、電球が熱くなるためにファンで風を当てながら作業を行っていたが、それでも電球が膨らんでいたと証言している[26]。また、クライマックスでの昇天シーンでは、ワンカットを完成させるのに12時間ほどかかったという[26]。
そのほかの特撮描写については、暴風雨・竜巻・津波などの水の表現が特徴であり、本作品のテーマである「女の情念」を具現化しているとされる[6]。金山寺の屋根は実物大セットが制作され[30][6]、洪水を受ける寺は泥で作られた[6]。寺のセットの設計は、本編・特撮ともに特撮班に参加していた宮大工が手がけた[18][38]。竜巻の描写には、7台のタービンポンプとドラム缶20本分の水が用いられた[26]。洪水シーンの撮影の1か月間、機材は水浸しであったという[26][6]。湖の岸に立つ白娘たちは、合成で描写している[16]。
昇天シーンの撮影では池部と山口を吊り上げているが、特撮班カメラマンの富岡素敬によれば、吊りを初めて体験した山口が恐怖で騒いでいたことが忘れられないという[22]。造形助手の開米栄三は、同シーンでは木下サーカスから借用した空中ブランコ用の網を張っていたと証言している[40]。
蛇の造形物は、美術助手の開米栄三が眠らせた本物の蛇から石膏で型取りして制作した[41]。開米によれば、石膏は硬化時に熱を持つことから蛇の油が染み込んでしまい、臭いがすごかったという[41]。
映像ソフト
サウンドトラック
影響
日本発の初のカラー長編アニメ『白蛇伝』が作られるきっかけとなった映画は、本作品とされる[17]。中国の説話『白蛇伝』を題材にしていた本作品は香港で興行的に大成功を収めた。これを受け、『白夫人の妖恋』をアニメ化する企画が、香港の映画界から東映に持ち込まれた[44][17]。
これがきっかけとなり、東映社長(当時)・大川博は、香港の下請けとしてでなく、独自の本格的なアニメ映画を作ることを考え始めた[17]。当時大きな興行収益を上げるアニメはディズニー映画のみだったが、日本においてアニメ映画製作の体勢を整えていけば、将来大きな産業になるのではないかという、鉄道省の役人から東急の専務、そして東映の社長へと叩き上げてきた大川の、経営者としての予測もあった。
受賞
- 第11回毎日映画コンクール 撮影賞(三浦光雄)[45]