小笠原忠貞 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代中期生誕 宝永3年(1706年)死没 元文6年1月18日(1741年3月5日)官位 織部正、遠江守 凡例小笠原忠貞時代 江戸時代中期生誕 宝永3年(1706年)死没 元文6年1月18日(1741年3月5日)官位 織部正、遠江守藩 豊前小倉藩世嗣氏族 小笠原氏(忠真系府中小笠原氏)父母 父:小笠原忠基、母:浅野綱長の娘・梅兄弟 忠貞、長吉、長逵、久吉、長良、忠総、長周、利代姫、幾姫、幸姫、多賀姫妻 正室:蜂須賀綱矩の娘子 永姫テンプレートを表示 小笠原 忠貞(おがさわら たださだ)は、江戸時代中期の豊前国小倉藩の世嗣。官位は織部正、遠江守。 3代藩主・小笠原忠基の長男として誕生。母は浅野綱長の娘・梅。正室は蜂須賀綱矩の娘。子は永姫(小笠原忠基養女、小笠原長恭正室)。 豊前小倉藩嫡子として生まれ、享保4年(1719年)徳川吉宗に拝謁する。享保10年(1725年)叙任するが、家督を継ぐことなく元文6年(1741年)に36歳で早世した。 代わって弟・忠総が嫡子となった。 脚注 Related Articles