小野絢子
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1986年、父の赴任先であるニューヨークで生まれる[2]。1歳になる前に日本へ帰国し、以後東京で育つ[2][4]。4歳のとき、バレエを習っていた姉の影響で、自宅付近にあった小林紀子バレエアカデミーへ通い始める[5]。 小学生になってからは、同じく姉の影響で日本舞踊を習い始め、花柳千代に師事する[5]。中学生になると、バレエと日本舞踊の両立が難しくなり、日本舞踊を止めてバレエに専念するようになるが、この時点ではプロを目指していたわけではなかった[5]。
英語科の高校に進学した小野は、2年生の時にアメリカへ短期留学し、初めて2ヶ月間バレエのない環境に身を置く[4]。このことがきっかけで、バレエを続けていきたいという意思を固め、プロのダンサーを志すようになった[4]。高校2年生の終わりに初めてバレエコンクールに出場する[6]。高校3年生のときにはフランスのマルセイユへ短期留学を繰り返し、パトリック・アルモンに師事した[6]。2004年、イギリスの舞踊検定機関ロイヤル・アカデミー・オヴ・ダンスが主催するアデリン・ジェニー国際バレエコンクールで金賞を受賞する[4][7]。
高校卒業後は、小林紀子バレエシアターの養成員となる[6]。2005年4月から2年間、新国立劇場バレエ研修所の第3期研修生として学ぶ[8]。研修修了後、新国立劇場バレエ団のオーディションに合格し、2007年9月にソリストとして入団した[9][10]。
2008年2月、バレエ団のワシントン公演『ライモンダ』で初めてソロを踊る[2][4]。同年11月には、振付家デヴィッド・ビントレーによる新作バレエ『アラジン』で主役デビューを果たす[10]。入団から4年後の2011年、ダンサーの最高位であるプリンシパルに昇格した[11]。
主なレパートリー
新国立劇場バレエ団での主なレパートリーは以下の通りである[3]。
