小野裕二

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愛称 ユウジ
カタカナ オノ ユウジ
ラテン文字 ONO Yuji
国籍 日本の旗 日本
小野 裕二
名前
愛称 ユウジ
カタカナ オノ ユウジ
ラテン文字 ONO Yuji
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-12-22) 1992年12月22日(32歳)
出身地 神奈川県横須賀市
身長 170cm
体重 69kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 アルビレックス新潟
ポジション FW / MF
背番号 99
利き足 右足
ユース
2005-2007 横浜F・マリノスジュニアユース追浜
2008-2010 横浜F・マリノスユース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2012 日本の旗 横浜F・マリノス 79 (9)
2013-2015 ベルギーの旗 スタンダール・リエージュ 19 (1)
2015-2016 ベルギーの旗 シント=トロイデンVV 28 (0)
2017-2019 日本の旗 サガン鳥栖 68 (6)
2020-2021 日本の旗 ガンバ大阪 18 (2)
2022-2023 日本の旗 サガン鳥栖 54 (11)
2024- 日本の旗 アルビレックス新潟 35 (4)
代表歴
2008  日本 U-16
2009  日本 U-17
2011  日本 U-22
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月12日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

小野 裕二(おの ゆうじ、1992年12月22日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロサッカー選手Jリーグアルビレックス新潟所属。ポジションはフォワードミッドフィールダー

実兄の小野悠斗もプロサッカー選手[1]

プロ入り前

城北ファイターズから横浜F・マリノスの下部組織へ移り、ユースでプレーする[2]U-17サッカー日本代表に落選した2009年高円宮杯全日本ユースでトップ下として出場し、磐田ユースとの決勝戦ではハットトリックに2アシストという大活躍を見せた[3]2010年には兄が背負った背番号10を受け継ぎ、1トップのポジションでプレーをするようになる[4]

横浜F・マリノス

2010年7月にトップチームへ2種登録され、同17日、第13節サンフレッチェ広島戦にて途中出場ながら公式戦初出場を果たした[5]。当時の背番号は40だった[5]。翌節のガンバ大阪戦で初先発となると天野貴史ロスタイム決勝点をアシストする活躍を見せ、勝利に貢献した[5]。この活躍によりコンスタントに試合に出場するようになり、2010年シーズンは17試合に出場し、リーグ3得点、天皇杯2得点という結果を残した[5]

2011年より、トップチームへ昇格[6]。高卒新人ながら背番号10を背負うこととなった[5]

スタンダール・リエージュ

2013年1月川島永嗣永井謙佑が所属するベルギー・ジュピラーリーグスタンダール・リエージュに4年契約で完全移籍した[7]。1月25日、リーグ第24節KVコルトレイク戦で移籍後初出場を果たした。2013年7月、左膝靱帯断裂により負傷離脱。当初は復帰までに6カ月と報道されたが[8]、その後の公式戦出場はないままシーズンを終えた。2014年8月、UEFAチャンピオンズリーグ予選プレーオフ第2戦ゼニト・サンクトペテルブルク戦に後半13分から途中出場し、およそ1年ぶりに復帰。9月のベルギーカップ6回戦KSKヘイスト戦で移籍後初得点を決めると[9]、12月のスポルティング・ロケレン戦でリーグ戦初得点を決めた[10]

シント=トロイデンVV

2015年7月20日、ベルギー・ジュピラーリーグのシント=トロイデンVVに移籍した[11]。15-16シーズンは26試合に出場。16-17シーズンは顎の骨折等で離脱し6試合の出場に留まり、2017年1月15日、選手とクラブ双方合意による契約解除が発表された[12]

サガン鳥栖

2017年よりサガン鳥栖に加入した。5年振りにJリーグでプレーする[13]。4月8日、第6節のアルビレックス新潟戦で移籍後初得点を決めた。

ガンバ大阪

2020年1月6日、ガンバ大阪に完全移籍加入した[14]。7月26日、第7節のヴィッセル神戸戦で移籍後初得点を決めた。9月2日に行われた練習中に右膝前十字靭帯損傷を負い、長期離脱を余儀なくされる[15]

2021年は怪我による離脱や復帰を繰り返すこととなった。

サガン鳥栖復帰

2022年、サガン鳥栖に完全移籍で復帰した[16]。2023年6月24日、第18節の湘南ベルマーレ戦では、プロ初のハットトリックを記録した。

アルビレックス新潟

2024年、アルビレックス新潟に完全移籍した[17]。同年3月9日のホーム開幕戦となる名古屋戦で初先発、初出場したが、その後の練習中に右脚を負傷。全体練習から離れた[18]が、同年4月20日、京都戦で途中交代ながら試合に復帰した[19]

プレースタイル

高い敏捷性とコンタクトスキルを持っている[20]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010横浜FM40J11730032205
2011102944053387
20123326151444
ベルギー リーグ戦 リーグ杯ベルギー杯 期間通算
2012-13リエージュ14ジュピラー30--30
2013-1400-0000
2014-15161-21182
2015-16シント・トロイデン25220-00220
2016-1760--60
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2017鳥栖40J11922010222
20183041141356
20191901030230
2020G大阪111110000111
2021711030111
2022鳥栖102622000282
20232893100319
2024新潟992445110305
20251100020130
通算日本J1 2543225427730643
ベルギージュピラー 471-21492
総通算 3013325429835545

※2010年は、ユース所属の2種登録

その他の公式戦

  • 2013年
    • ベルギーリーグ プレーオフ 6試合0得点
  • 2015年
    • ベルギーリーグ プレーオフ 8試合0得点
  • 2016年
    • ベルギーリーグ プレーオフ 4試合0得点
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
UEFAUEFA EL
2014-15リエージュ1430
AFCACL
2021G大阪1130
通算UEFA30
通算AFC30

その他の国際公式戦

出場歴

タイトル

クラブ

横浜F・マリノスジュニアユース
横浜F・マリノスユース

個人

  • SBCカップ2010ドイツ / ラオプハイム・得点王(2010年)

代表歴

  • 神奈川県選抜
  • 日本代表
    • 2007年 U-15日本代表候補
    • 2008年 U-16日本代表
    • 2009年 U-17日本代表
    • 2011年 U-22日本代表

脚注

関連項目

外部リンク

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