少年園
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誌面
菊判32ページで月2回刊行、創刊から終刊まで一貫して洋装の男女が木陰で本を読む絵が表紙に使われていた[3][4]。論説を掲載する「少年園」、科学などの学習記事を掲載する「学園」、文学作品を掲載する「文園」、偉人の伝記や説話を掲載する「譚園」、時事報道や娯楽記事を掲載する「叢園」、読者投稿を掲載する「芳園」の6項目による誌面構成であり、イギリスの児童雑誌『Little Folks』を参考にしたといわれている[3][4][6]。定価は5銭[3]。
坪内逍遥、尾崎紅葉、森鴎外、落合直文などの当時一流とされた文筆家や教育家が記事を寄稿しており、若松賤子の翻訳による「小公女」など日本国外の児童文学作品の翻訳・翻案作品も掲載された[2][4][6]。
また、当時の学校では通学する児童の投稿が「芳園」に掲載されることは名誉なこととされていたこともあり、毎号大量の投稿が寄せられ、これを整理するため『少年文庫』(後に『文庫』と改題)という投稿文をまとめた雑誌も別に刊行されている[2][4]。