尾高惇忠 (作曲家)
From Wikipedia, the free encyclopedia
東京都生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科にて、作曲を矢代秋雄、池内友次郎、三善晃、ピアノを安川加壽子に師事する。
1966年3月同校を卒業後、9月にフランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院へ入学し、モーリス・デュリュフレ、マルセル・ビッチュ、アンリ・デュティユーに師事し、1970年に同校を卒業する。
帰国後も室内楽や歌曲伴奏等においてピアニストとして活躍する。
2011年3月31日に退任するまで東京芸術大学音楽学部作曲科教授を務めた。
フランス音楽のアカデミズムの伝統を学び、矢代秋雄の業績を受け継ぎ、東京芸術大学音楽学部作曲科における教育の要となった。
2021年2月16日午前3時58分、大腸がんのため、東京都内の病院で死去[2]。76歳没。叙従四位、瑞宝小綬章追贈[3]。墓所は多磨霊園[4]。