山中尭之
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プロ入り前
つくば秀英高校時代は全国大会出場は無かった[1]。また同学年に長井良太、一学年上に野澤佑斗が在籍していた。
東京新大学野球連盟1部の共栄大学時代は2年秋に打率.364でベストナインに選出された[2]。
2020年12月6日に行われたベースボール・チャレンジ・リーグのトライアウトに合格し、茨城アストロプラネッツへ入団[3]。
BCL・茨城時代
2021年はリーグ3位となる11本塁打を打ち、読売ジャイアンツ三軍との練習試合では、同年一軍登板もある沼田翔平からレフトオーバーの二塁打を放った[4]。
10月11日に行われたプロ野球ドラフト会議において、オリックス・バファローズから育成1巡目で指名を受け[5]、11月17日に支度金300万円、年俸240万円(金額は推定)で仮契約を結んだ[6]。背番号は020。
オリックス時代
2022年はチームの2022年初実戦となった2月11日の紅白戦で紅組の4番として起用された[7]。ウエスタン・リーグでは公式戦35試合に出場。外野だけでなく、一塁手としても起用された。マルチ安打を記録して打率を2割8分近くまで上昇させていた時期もあったが[8]、最終的な打率は2割を切り、本塁打も5月に岡田俊哉(中日)から打った1本[9]のみにとどまった[10]。
2023年は二軍戦63試合に出場し、打率.218、6本塁打、18打点の成績で[11]、期待されていた長打力の開眼を兆しを見せた[12]。
2024年は二軍戦39試合に出場し、打率.260、4本塁打、12打点の成績を残す[13]。シーズン終了後はみやざきフェニックス・リーグに参加し、ここでも本塁打を打っていた[14]が、開催中に球団に現役引退を申し出、10月23日に球団がこれを受理したことが発表された[13]。同年5月のFull-Countの記事では、3年の在籍制限がある育成選手として「もう最後という気持ちで臨んでいます。7月までに結果を残すしかありません」と述べており[12]、10月の記事では、シーズン終了後に球団から育成再契約の打診があったが、「ありがたいお話でしたが、フェニックスでいい成績を残しても、続けようという気持ちに傾くことはありませんでした。完全燃焼したという思いです」と固辞したことを語っている[15]。