山本己沙雄

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生誕 (1954-10-10) 1954年10月10日(70歳)
身長 172 cm (5 ft 8 in)
体重 79 kg (174 lb)
国籍 日本の旗 日本
山本 己沙雄
Misao YAMAMOTO
基本情報
生誕 (1954-10-10) 1954年10月10日(70歳)
身長 172 cm (5 ft 8 in)
体重 79 kg (174 lb)
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県
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山本 己沙雄(やまもと みさお、1954年10月10日 - )は、福岡県出身のプロゴルファー

カンサイ所属[1]

福岡県立香椎工業高等学校出身[1]

18歳からゴルフを始め、1978年にプロ入りする[1]

1983年九州オープンでは藤池昇白石達哉に次ぐ3位[2]に入り、1985年兵庫県オープンでは初日を67で吉川一雄山本洋一森本俊治宮本康弘塩田昌宏を抑えての首位[3]でスタートし、最終日には吉川の2位[4]に入った。

1986年関西プロでは初日を3アンダー69の8位タイ[5]でスタートし、2日目には吉村金八倉本昌弘と並んでの6位タイ[6]とし、最終日には甲斐俊光・塩田と並んでの8位タイ[7]に留まった。

1988年の九州オープンでは友利勝良と共に1アンダー2位タイ[8]でスタートした2日目、通算3アンダーまでスコアを伸ばし、首位タイに並ぶ[9] [10]。続く3日目には前半に友利に抑えられて一歩リードされるも終盤に追いつき、通算5アンダーで前日と同様に首位タイに並ぶ[9] [11]。最終日には中盤にスコアを崩し[9]、吉村と並んでの3位タイ[12]に終わった。

1988年かながわオープンでは初日に68をマークして首位[13]でスタートし、最終日も譲らず初優勝[14] [1]

1988年の千葉オープンでは初日を金子柱憲牧野裕安田春雄と共に67をマークして首位タイ[15]でスタートし、最終日には渡辺修泉川ピート丸山茂樹・塩田と並んでの6位タイ[16]に入った。

1990年のよこはまオープンでは3日目に68をマークし、最終日には曽根保夫藤間達雄並木弘道と並んでの5位タイに入った[17]

1990年の九州オープンでは3日目18位タイ[18]から最終日には堀芳浩と並んでの5位タイ[19]に浮上し、1993年ヨネックスオープン広島では牧野裕前田新作と並んでの5位タイ[20]に入った。

1993年のキャスコ岡山オープンでは宮田孝誠の2位[21]1994年の九州オープンでは日下部光隆の3位[22]に入った。

1997年の九州オープンでは藤池昇龍・日下部に次ぐと同時に秋富由利夫と並んでの5位タイ[23]に入り、2002年日本プロ[24]を最後にレギュラーツアーから引退。

2018年の第1回ホームテックカップスーパーシニアでは通算4アンダーで飯合肇の2位タイ[25]に入り、2019年の熊本・阿蘇シニアオープンスーパーシニアでは須貝昇青木基正山本善隆鷹巣南雄を抑えて優勝[26]

福岡市東区の「ドライビングスペース青葉ゴルフ」でゴルフスクールを担当しているほか[27]、パターが良くなかった重永亜斗夢に助言して改善させ[28]、出水田大二郎にパッティングを指導[29]

主な優勝

脚注

外部リンク

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