山本惣治 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1888年10月26日 日本 新潟県死没 1962年4月21日国籍 日本職業 経営者やまもと そうじ 山本 惣治 生誕 1888年10月26日 日本 新潟県死没 1962年4月21日国籍 日本職業 経営者著名な実績 経済団体連合会の創設テンプレートを表示 山本 惣治(やまもと そうじ、1888年(明治21年)10月25日 - 1962年(昭和37年)4月21日)は、日本の実業家。富士自動車、メトロポリタンエージェンシーズ、大日本機械工業、山本発条分岐、富士不動産、富士倉庫の経営者や、京浜不動産、日新商事、大同メタル鉱業の役員を歴任した[1][2][3]。 経団連理事、関東経営者協会委員、日本工業倶楽部、交詢社会員。長男の岳父に外務官僚で事業家の日高信六郎。 1888年、新潟県高田市呉服町で骨董商「山静堂」を営む山本家の養子仙介の二男として生まれた[2][3]。兄弟姉妹は男6名、女3名[注釈 1]。 1911年(明治45年)に東京外国語学校卒業して、久保田鐵工所に就職し、鮎川義介に恩顧を受ける[3]。1927年(昭和2年)に日産コンツェルンの戸畑鋳物に転職し取締役兼戸畑工場長となる[2][3]。 戸畑製鉄を買収した東洋製鉄にも勤務した。 1919年に米国に留学し、帰国後は鮎川の共立企業や戸畑鋳物の経営をした。 1933年(昭和8年)日産自動車の創業者の一員となり[2][3]、常務取締役に就任しダットサン等のブランドの車種を開発する[2]。1937年(昭和12年)には同社専務取締役となった[2]。 1939年(昭和14年)満州自動車製造理事長となり[2][3]、満州重工業開発理事にも就任した[3]。1943年(昭和18年)日本造船株式会社取締役社長や、1945年(昭和20年)10月には日産自動車社長及び日産自動車販売取締役社長となる。1948年(昭和23年)には富士自動車を創立、同社取締役社長[3]。1953年(昭和28年)には大日本機械工業取締役社長となった。 親族 山本仙介 - 祖父。高田藩御用の骨董商。 山本トシ - 母。 吉田明治郎 - 父:。仏具商吉田団之助の息子。養子として山本家に入る。 山本惣平 - 兄。骨董商を継ぐ。 山本静子 - 姉。 福島寅四郎 - 静子の夫。 山本八十二 - 兄。 植木徳治 - 兄。 山本惣治 伊東徳子 - 惣治の妻。日本基督教会長老の伊東一徳の娘。母トミは矯風会役員。兄の伊藤厳は日新商事取締役。 山本素明 - 長男。三菱商事機械部。 日高久子 - 素明の妻。外務官僚で第一企業社長の日高信六郎の娘。 山本隆明 - 二男。日新電鉄社長。 川崎久枝- 二男妻。川崎鉄鋼社長川崎寛正の妹。 山本敏明 - 富士自動車鶴見工場部長 加藤美穂子 - 敏明の妻。元日産自動車取締役男爵加藤泰邦の子。 山本正子 - 長女。 松本真三 - 正子の夫。唱和工機専務。 山本春子 - 二女。 岩田重志 - 春子の夫。富士自動車販売取締役。 山本平八 - 弟。戦前は日本工業、日産化学、戦後は日産海事工業、日産近海汽船の経営者。 木下静子 - 平八の妻。父方叔父が司法官僚の木下周一。子は男3名、女2名。 山本千代子 - 妹。 伊藤厳 - 千代子の夫。日新商事の取締役。妹が伊藤徳子(惣治の妻) この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 脚注 注釈 ↑ 家は、高田藩の御用商であった。 出典 ↑ 人事興信社 1956. 1 2 3 4 5 6 7 “山本惣治”. コトバンク(デジタル版 日本人名大辞典+Plus). 2022年2月2日閲覧。 1 2 3 4 5 6 7 8 “山本 惣治”. コトバンク(20世紀日本人名事典). 2022年2月2日閲覧。 参考文献 「山本惣治」『財界家系図』、人事興信所、1956年。 表話編歴日産自動車歴代社長 鮎川義介 1933.12-1939.5 村上正輔 1939.5-1942.2 淺原源七 1942.3-1944.9 工藤治人 1944.9-1945.6 村山威士 1945.6-1945.10 山本惣治 1945.10-1947.5 箕浦多一 1947.5-1951.10 淺原源七 1951.10-1957.11 川又克二 1957.11-1973.11 岩越忠恕 1973.11-1977.6 石原俊 1977.6-1985.6 久米豊 1985.6-1992.6 辻義文 1992.6-1996.6 塙義一 1996.6-2000.6 カルロス・ゴーン 2000.6-2017.3 西川廣人 2017.4-2019.9 山内康裕[ノート 1] 2019.9-2019.12 内田誠 2019.12-2025.3 イヴァン エスピノーサ 2025.4- ↑ 社長代行 Related Articles