岡山市南区山林火災
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3月26日に撮影された 火災現場周辺の衛星写真[注釈 1] |
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2025年3月23日の午後3時、岡山県岡山市南区飽浦にて発生した[2]。午後3時過ぎに「山が燃え炎が見える」と119番通報が行われた[3][4][5]。近くで畑作業をしていた男性は「風が強く一気に広がった」と話していたという[6]。
火災は風によって金甲山などに広がった[7]。午後4時には消防車が15台以上が出動[8]。午後5時15分には岡山市が災害対策本部を設置した[6]。
最終的には岡山市消防局と玉野市消防局から消防車26台と消防署員と消防団員、岡山県の防災ヘリコプターが出動したものの、午後6時にて日没のため切り上げられた[3]。
その後の午後8時45分には岡山市南区飽浦の一部と宮浦に避難指示が発表され、光南台中学校と光南台公民館に避難所が開設された[6][9]。
3月24日に日の出により午前6時に消火活動は再開した[10]、陸上自衛隊のヘリコプターも県の要請を受けて[5][11]出動した。また政府は首相官邸危機管理センターに情報連絡室を設置した[12]。午後4時半には避難指示が解除されたものの、最終的に再び発令された[13]。
3月25日には、新たに岡山市は南区の阿津、小串に、玉野市は北方と番田に避難指示が発令され、自衛隊の大型・中型ヘリコプター計7台と香川県、鳥取県のヘリコプター計4台も出動した[14][15]。
午前9時には玉野市の災害対策本部が解散、避難所も閉鎖したものの、貝殻山の燃焼により鉾立公民館に避難所を開設。夜には災害対策本部も再度開設された[15]。岡山市も同様に再度解除された後[16]、発令された。
3月26日には、燃焼面積が暫定423haになったことにより観測史上岡山県で最大規模の火災となった[注釈 2][17]。その後の午後9時頃には燃焼面積がさらに上昇、暫定546haとなった[18]。
3月27日の夕方には玉野市の避難指示が解除され[19]、3月28日には岡山市の避難指示も解除された[20][21]。
また、27日の夜から降った雨[22]の影響によって炎や煙が鎮静化した[20]ことにより、28日に鎮圧を発表した[2][23]。
3月29日からは岡山市消防局のヘリコプター1機とジェットシューターを持った消防隊員と消防団員約190人が投入され、熱源の確認が行われた[24]。
経過
原因
影響
- 3月24日、25日には、付近の岡山市立光南台中学校、小串小学校、甲浦小学校が臨時休校した[31]。
- 3月25日午後5時半からは、北側にある児島湾大橋が消火活動のため通行止となった[32]。3月28日解除[20]。
- 岡山県道463号長谷小串線(全線)、岡山県道399号金甲山線(一部)、岡山県道217号飽浦東児線(一部)、岡山県道45号岡山玉野線(一部)が影響を受け通行止となった[33]。また、鎮火後も県道長谷小串線に関しては消失により当面の間通行止となった[25]。
- 小串保育園、甲浦認定こども園の園児はそれぞれ七区保育園、灘崎認定こども園で受け入れられた[33]。
- 岡山市立小串小学校の児童クラブの児童は米崎公会堂(岡山市立福島小学校の場合あり)で、岡山市立甲浦小学校の児童クラブの児童は岡山市立福島小学校にて受け入れられた[33]。