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岡村春彦

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本名 岡村 春彦[1]
生年月日 (1935-03-09) 1935年3月9日
没年月日 (2020-05-31) 2020年5月31日(85歳没)
出生地 日本の旗 日本・東京都
おかむら はるひこ
岡村春彦
本名 岡村 春彦[1]
生年月日 (1935-03-09) 1935年3月9日
没年月日 (2020-05-31) 2020年5月31日(85歳没)
出生地 日本の旗 日本・東京都
死没地 日本の旗 日本・東京都
職業 俳優・演出家
著名な家族 岡村昭彦
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岡村 春彦(おかむら はるひこ、1935年3月9日[1] - 2020年5月31日[2])は、日本の俳優・演出家。東京都出身[1]。國學院大學卒[1]。趣味はスキー、水泳。

大日本帝国海軍参謀の岡村於菟彦の子として生まれる。父方の曾祖父に明治天皇侍従の堤正誼、父方の祖父に大審院判事・弁護士・中央大学学長の岡村輝彦がおり、母方の曾祖父に日本赤十字社創設者で伯爵の佐野常民、母方の祖父に海軍少将で子爵の田村丕顕がいる。伯父に医学者緒方知三郎、兄はジャーナリストの岡村昭彦[3]。

北海道放送演劇養成所に学ぶ。北海道札幌南高等学校在学中に、加清純子や樫村幹夫らとともに文芸同人誌「青銅文学」を創刊[3]。加清純子とは恋仲であった[3]。札幌南高校を追い出されるようなかたちで退学となり、「青銅文学」は27号で終刊[4]。母の住む浜松へと転校した[4]。

1960年、劇団民藝水品研究所3期生の同期である米倉斉加年や常田富士男らとともに劇団青年芸術劇場(現・シアター青芸)を旗揚げ。安保闘争に参加するなど新劇の中でも異端の劇団で、福田善之の脚本と観世栄夫の演出で多くの話題作を発表したが、米倉の脱退などもあり、1966年に解散。その後は六芸社へ所属[1]。

2008年に東京不知火座を設立。2009年には佐野碩の評伝『自由人 佐野碩の生涯』を発表した。

2020年5月31日、肺炎のため東京都内の病院で死去[2][5]。85歳没。墓所は文京区吉祥寺。

出演作品

著書

脚注

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