岩手村 (愛知県)
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沿革
地理

岩手村は扶桑の北端にあった村である。現在は住人はなく、石塁(猿尾)が200余m残っている。村の中心とみられるところに塚があり、イロハモミジの大木が茂って、弁財天、地蔵を祭った小祠がある。木曽川増水の際は村民の緊急避難場所になったと言われている。この塚は扶桑町文化財(史跡)に指定されている。1982年(昭和57年)1月指定。現在塚に続く平地は畑で、一部は木曽川扶桑緑地公園となっている。
『天保村絵図』をみると、村の中央に御幸通りがあり、堤防道もある。面積は小さいが神社(神明宮)や寺(薬師寺)もあった。
岩手村には旧般若用水元杁があり、杁跡付近には堀場の地名が残っていた。扶桑町文化財(史跡)。尾張最古の元杁である。現在の場所は1634年(寛永11年)以後のもので、それ以前は約70m下流にあった。また、塚の東の畑には1979年(昭和54年)頃まで井戸が一基残っていた。
地名の由来
『尾張地名考』に、岩手の「手」は当て字で、元は「出」であろう。対岸の伊木に岩が猿尾のように川へ突き出ている所があり、岩出と呼ぶ。村の様子と似ているのでここも岩出のものであろう(大意)と書かれている。