北山名村
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沿革
地理
『天保村絵図』によると、この村は北山名村に枝郷小淵を合わせてできており、人口の割に畑が少なく、半農半商の生活をしていたようである。村の北には御幸通り、堤道が通り、堤の北側には山神が2ヶ所と墓地が見える。現在は墓地はなく、三本松といっていた地と思われる。北側は木曽川を隔てて美濃国鵜沼村、西は岩手村、中般若、南は南山名村と東は木津村と境をなしている。
木曽川畔の村として、昔より水との闘いを重ねてきた地域で、小さな村に8本の猿尾堤をもち、御囲堤沿いの村として生き抜いてきた。北山名村には小淵の渡し(山名の渡し)があった。古くは承久の乱に登場する「九瀬」の一つ「気瀬」(各務原市大伊木)の対岸である。『尾張名所図絵』、『尾張志』にも書かれていることから、かなり古くから渡船場があったことが分かる。
ほかに、小淵の薬師寺にはブチワリ不動尊という石像があり、キリシタン信仰の遺物として、高木村のキリシタン弾圧に関連する貴重な資料と言われている。