平井嘉明 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 京都府生年月日 (1934-05-06) 1934年5月6日(91歳)身長体重 167 cm60 kg平井 嘉明基本情報国籍 日本出身地 京都府生年月日 (1934-05-06) 1934年5月6日(91歳)身長体重 167 cm60 kg選手情報投球・打席 右投左打ポジション 内野手プロ入り 1957年初出場 1957年最終出場 1964年経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 立命館高等学校 関西大学 毎日オリオンズ大毎オリオンズ (1957 - 1959) 国鉄スワローズ (1960 - 1964) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 平井 嘉明(ひらい よしあき、1934年5月6日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手(主に遊撃手)。 立命館高校では西田稔と同期。1951年秋季近畿大会府予選準決勝に進むが、城南高に敗退。翌1952年夏の甲子園府予選は決勝で山城高に完封負け、甲子園には届かなかった。1953年に卒業後関西大学へ進学し野球部所属。 関西六大学野球リーグでは在学中2回優勝。4回生となった1956年、同期のエース法元英明と1年下の中西勝己投手が中退しプロ入り後、2年生エース村山実が好投し全日本大学野球選手権大会に出場、決勝で島津四郎や人見武雄らのいた日大を降し選手権初優勝を飾る。東京六大学以外の大学としては初の優勝であった。リーグ通算66試合出場、163打数42安打、打率.258を記録した。大学同期に法元英明(中退)がいる。 1957年に毎日オリオンズへ入団。1年目から遊撃手として一軍に定着し、中野健一と併用される。しかし打撃面で伸び悩み、1959年オフに国鉄スワローズへ移籍。1960年は土居章助と遊撃手の定位置を争い64試合に先発出場。翌1961年には新入団の杉本公孝が開幕から二番打者、遊撃手に抜擢されるが8月末に故障、遊撃手として復帰した。その後も準レギュラーとして活躍するが、1964年限りで引退。 詳細情報 年度別打撃成績 年度球団試合打席打数得点安打二塁打三塁打本塁打塁打打点盗塁盗塁死犠打犠飛四球敬遠死球三振併殺打打率出塁率長打率OPS 1957 毎日大毎 83190173183363045131510511100321.191.239.260.499 1958 60737212162102021430010090.222.233.278.511 1959 5470611491001031213050170.148.224.164.388 1960 国鉄 952352161942610505132120700253.194.216.228.444 1961 64153137183651043450130201141.263.279.314.592 1962 8317416716344204246350200171.204.213.251.465 1963 84403418500050585010020.147.171.147.318 1964 763735146000601431010031.171.194.171.366 通算:8年 599972895129181248022131843044130021097.202.229.246.475 毎日(毎日オリオンズ)は、1958年に大毎(毎日大映オリオンズ)に球団名を変更 背番号 1 (1957年 - 1959年) 2 (1960年 - 1964年) 関連項目 京都府出身の人物一覧 関西大学の人物一覧 千葉ロッテマリーンズの選手一覧 東京ヤクルトスワローズの選手一覧 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。表示編集 Related Articles