平和通り (甲府市)
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甲府駅前交差点から相生歩道橋交差点まで南北に伸びており、全長は846メートル (m)である[1]。このうち甲府駅前から甲府警察署前交差点までの約0.3kmは山梨県道6号、残りの甲府警察署前交差点から相生歩道橋交差点までが国道52号・国道358号の重複区間である。
太平洋戦争前中の通りは中央分離帯に山梨交通電車線の単線線路が敷かれ、その両側に車一台が通れる程度の未舗装道路で、道路脇には店舗が並んでいる状況であった。戦争末期、甲府空襲によって通りの北にある甲府駅および山梨県庁は残ったものの通り一帯は焼け野原と化し、戦後策定された戦災復興都市計画では広路1号線(ひろじいちごうせん)の名前で幅員50mの道路として整備する予定であった。しかし、地上げ同然になりかねないとする地主や議会などが同盟を結成するなど強く反発したため規模が縮小され、現在の幅員36mの道路として1947年(昭和22年)に工事を開始。山梨交通電車線を遊亀通りへ移設のうえ代わりに緑地帯を設置のうえ拡幅工事が行なわれ、1955年(昭和30年)に竣工し[1]、復興を願い現在の通り名が付けられた。
山梨県内の一般道では最多の片側3車線の大通りであるが、内側は実質右折専用レーン、外側は交差点によっては左折専用レーンとなっており、直進する場合は中央の1車線のみとなってしまう場合があるため、車線数のわりに混雑が著しい。また、相生歩道橋交差点から南へ伸びている新平和通りが2車線、新平和通りの途中にある遠光寺北交差点から1車線に減少することや美術館通り、城東通りといった市外へ伸びる国道が交差する事なども混雑に拍車をかけている。
歩道は東側と西側双方にあり、東側の「ファンシーロード八番街」の部分はアーケード化されていたが、市街地再開発事業に絡み2015年(平成27年)までに撤去されている[2]。歩道は多くの区間で歩行者と自転車との共用であるが、2021年5月現在、甲府駅前から相生歩道橋に至るまでの歩道に自転車専用道路が設置され、分離されている。
毎年4月12日の前の土曜日に信玄公祭りの騎馬行列が行われるため、通行規制が実施される。
1994年に、読売新聞社選定の「新・日本街路樹100景」のひとつに選定されている[3]。
- 改修後の平和通り起点。改修前と比べると左側のアーケードと街路樹が撤去されている
- 平和通り終点
- 信玄公祭りでの「信玄公サイクルロードレース」(2019年4月6日撮影)
- 改修前の平和通り起点。