平城 (北魏) From Wikipedia, the free encyclopedia 平城(へいじょう)は、北魏前期の都城。現在の山西省大同市平城区に位置する。 紀元前200年、漢の高祖劉邦は平城で匈奴軍に包囲された(白登山の戦い)[1]。漢の雁門郡の属県に平城県があった[2]。 309年、代の拓跋猗盧が盛楽を北都とし、平城を南都とした[3]。397年、北魏の道武帝が後燕を破ると、46万人を平城に移住させた[4]。398年7月、道武帝が盛楽から平城に遷都した[5]。道武帝は平城の周囲に首都圏を設定し、代国時代から従属した遊牧民らをそこに集住させた[6]。農耕地と草原地双方の特徴を活用できる位置にあったことが、平城定都の理由とみられる[7]。422年、明元帝が平城外郭を築き、周回32里におよんだ[8]。493年、孝文帝が南朝斉への遠征を名目に平城から洛陽への遷都をおこなった[9]。洛陽遷都後の平城は「北都」・「北京」や「代都」と称されるようになった[10]。 平城東北の白登山(馬鋪山)に昭成帝拓跋什翼犍・献明帝拓跋寔・道武帝の廟が建てられている[11]。 脚注 注釈 出典 ↑ 『史記』高祖本紀 ↑ 『漢書』地理志八下 ↑ 『魏書』序紀 ↑ 窪添 2017, p. 191. ↑ 窪添 2020, p. 100. ↑ 窪添 2017, p. 186. ↑ 窪添 2017, p. 187. ↑ 『魏書』太宗紀 ↑ 『魏書』高祖紀下 ↑ 窪添 2017, p. 190. ↑ 窪添 2017, p. 188. 参考文献 窪添慶文『北魏史 洛陽遷都の前と後』東方書店〈東方選書54〉、2020年。ISBN 978-449722024-0。 窪添慶文 編『魏晋南北朝史のいま』勉誠出版、2017年。ISBN 978-4-585-22679-6。 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 Related Articles