紀元前200年
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できごと
紀元前200年頃の東半球の情勢
地中海世界中部以西では共和政ローマとイリュリア王国が、北アフリカでは、カルタゴ、ヌミディア王国、マウレタニア王国、および、ベルベル人が勢力を張っている。ヨーロッパ大陸には、ケルト人、ゲルマン人、スラブ人、バルト人、フィン人、トラキア人(ダキア人)、ゲタイ等が勢力を張る首長制社会と、極北に住むサーミ人、フィン・ウゴル諸族等による狩猟採集社会がある。東アフリカではナイル川中流域のメロエ王国やエチオピアのアクスム王国が繁栄。地中海世界東部および古代オリエントではアレクサンドロスの王国旧領が分裂しつつも勢力を保っている。中央アジアではパルティア王国に代表される連邦国家群のほか、スキタイ、サルマタイ、サカ等の遊牧社会も目立つ。インド以東のアジアでは、インドのマウリヤ朝マガダと中国の漢王朝(前漢帝国)が二大帝国を築いている。漢の北では遊牧国家・匈奴が猛威を振るい、南では閩越国と南越国が栄えている。朝鮮半島では古朝鮮に加えて辰国が興っていたともされる。日本列島は、弥生文化による農耕社会の西日本と、狩猟採集社会が続く東日本に分かれている。
図説から外れるが、西半球では、メソアメリカでオルメカ文明とマヤ文明が、南アメリカではナスカ文化が栄え、ティワナク文化が揺籃期を迎えている。
図説から外れるが、西半球では、メソアメリカでオルメカ文明とマヤ文明が、南アメリカではナスカ文化が栄え、ティワナク文化が揺籃期を迎えている。
紀元前200年前後のエーゲ海周辺
地中海世界
共和政ローマ
- コンスル(執政官)のガルバがアンティゴノス朝マケドニア王国のピリッポス5世との戦争を担当[1](アッタロス朝ペルガモン王国とロドス島が連合し、第二次マケドニア戦争が始まる。- 紀元前197年)。
- プラエトル(法務官)のルキウス・フリウス・プルプレオがガリア・キサルピナの反乱を鎮圧、凱旋式を挙行する[1](「クレモナの戦い)。
- プロコンスル(執政官代理)のルキウス・コルネリウス・レントゥルスが帰国、小凱旋式を挙行する[2]。
- ローマのレガトゥス(使節)が地中海諸国やカルタゴ、ヌミディアに派遣される[3]。
- ウェヌシアに植民が追加される[4]。
古代オリエント
- 一説に紀元前200年頃、グレコ・バクトリア王国の第3代国王エウテュデモス1世が死去し、一子・デメトリオス1世が即位する。
東アジア
南アメリカ
その他の地域
誕生
死去
→「Category:紀元前200年没」も参照