平安神宮放火事件

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事件名 爆発物取締罰則違反、傷害、現住建造物等放火被告事件
事件番号 昭和63年(あ)第664号
裁判長 貞家克己
最高裁判所判例
事件名 爆発物取締罰則違反、傷害、現住建造物等放火被告事件
事件番号 昭和63年(あ)第664号
1989年(平成元年)7月14日
判例集 刑集43巻7号641頁
裁判要旨
本殿、拝殿、社務所等の建物が廻廊等により接続され、夜間も神職等が社務所らで宿直していた本件平安神宮社殿は、全体として一個の現住建造物に当たる。
第三小法廷
裁判長 貞家克己
陪席裁判官 伊藤正己 安岡滿彦 坂上壽夫
意見
多数意見 全員一致
意見 なし
反対意見 なし
参照法条
刑法108条
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平安神宮放火事件(へいあんじんぐうほうかじけん)は、1976年昭和51年)1月6日京都市左京区平安神宮で発生した放火テロ事件で、日本の新左翼活動家である加藤三郎が起こした事件である。

平安神宮は1895年(明治28年)に「平安建都1100年記念事業」として創建された神社で、平安京を建都した桓武天皇を祀っている。加藤は「自らの権威誇示のため、民百姓に塗炭の苦しみを与えるような平安京を造営し、また領土的野心のために蝦夷を侵略し、蝦夷人を虐殺奴隷化した」桓武天皇を祭神として祀ることは「神」に対する冒涜と思い込んだ。やがてその思いが高じて平安神宮へ放火するに至った。

事件の概要

参考文献

関連項目

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