1977年(昭和52年)1月1日午後8時45分頃、加藤が事前に設置した消火器爆弾が梨木神社本殿にて炸裂し火の手が上がった。宮司や禰宜が直ちに消火活動を行ったため、本殿の一部を焦がすに止まった。この日は元日であったが、夜であったため初詣の参拝客はおらず、怪我人はいなかった。その後の調べで、消火器の破片などが見つかったことから、消火器爆弾による爆破事件と断定された。
1月5日に、加藤は「闇の土蜘蛛」「浮穴媛のこどもたち」名義の犯行声明文をマスコミに郵送した。犯行声明文には「三条実美の三つの罪状(搾取と抑圧の明治政府樹立、他民族に対する侵略、反体制運動の弾圧)により、爆破の刑に処する」旨が記されていた。「闇の土蜘蛛」はともかく「浮穴媛のこどもたち」のようなテロ組織らしくない名称を敢えて入れたのは、「父権的天皇制」に対するアンチテーゼの意図があったという。