1907年に広九鉄路(現在の広深線)の建設が開始された。当初の計画では、当地域に駅は設けられない予定であった。当時香港華商公局主席であった劉朱波が、劉竹波の故郷であるこの地に駅を設置する為に、香港総督府の陸吉男爵と議論を重ねた結果、1911年に建設が開始されたのが当駅である[1]。
改革開放以前の当駅に発着していたのは1往復の普通列車のみであり、1984年以降は同様の普通列車が増発され、2往復となっていた。列車の主な乗客は当駅の周辺で野菜を栽培する農家であり、当駅に停車していた列車は「農民車」と呼ばれていた[2]。なお、その後のダイヤ改正により、停車する列車は普通列車と快速列車各1往復に変更されている。
広深線の複線化工事完成後は、以前より多くの快速列車、長距離列車が停車するようになった。繁忙期は20往復以上の列車が発着し、1日あたりの利用客数は平均で2000人以上、春節期間中は5000人、最大では2万人が利用した[3]。また、複線化と同時に貨物の取り扱いも開始された。1990年代当時の建設ラッシュに伴い運び込まれる大量の建築資材輸送列車を捌く為に、貨物線の拡張工事が継続され、繁忙期は1日100本以上の貨物列車が発着していた[4]。
2000年代初頭の時点で、当駅を発着する旅客列車は、快速列車1.5往復と普通列車2往復、岳陽行きの長距離列車1本まで削減されていた。その後、2006年には旅客列車の発着がなくなり、2006年から2016年9月までは貨物列車のみが発着する駅となっていた[5]。
深圳市の急速な経済発展に伴い、沿線の企業や市民らは平湖駅の旅客扱いの再開を求めるようになった。これに呼応するかたちで、2014年8月には広州鉄路局は当駅の改修計画に関する入札を行った。2015年2月1日には廈深線と当駅を結ぶ連絡線が開通した[6]。2016年7月には改修工事が完了し、同年9月26日より広深線の城際動車組列車が、当駅への停車を開始した[7]。