当代島
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地価
歴史
埋め立て前からの浦安町域内にあたる。
地名の由来
鎌倉時代に田中十兵衛がここを開墾したことにより、住みついた住民が当代(自分たちが生まれ育った時代)にできた島であるので「当代島」と名付けたと言われている。また、昔ここに灯台があったからという説もある。
沿革
- 1869年(明治2年) 葛飾県が設置され、同県の管轄となる。
- 1871年(明治4年) 廃藩置県後の府県再編により印旛県葛飾郡当代島村となる。
- 1873年(明治6年) 県の統合により千葉県葛飾郡当代島村となる。
- 1878年(明治11年) 郡区町村編制法により葛飾郡が分割され、東葛飾郡当代島村となる。
- 1889年(明治22年) 東葛飾郡堀江村、猫実村と合併し、東葛飾郡浦安村大字当代島となる。
- 1909年(明治42年)9月1日 町制施行。東葛飾郡浦安町大字当代島となる。
- 1981年(昭和56年)4月1日 市制施行。浦安市大字当代島となる。
- 1981年(昭和56年)10月1日 住居表示施行により、浦安市当代島一丁目~三丁目となる。