徐愛 From Wikipedia, the free encyclopedia 徐 愛(じょ あい、1487年(成化23年) - 1517年(正徳12年))は、中国明代の陽明学者。字は曰仁、号は横山。紹興府余姚県の出身(王陽明とは同郷である)。早くから王陽明に従い、王陽明の妹を妻に娶った。『伝習録』序文と上巻十四条の筆録者。[1] 王陽明から「曰仁は我が門の顔回だ」と評されたが、顔回と同じく31歳で病没し、王陽明は食事も喉を通らぬほどに悲しんだという。[1] 「心はいわば鏡だ。ただ、聖人の心は明鏡であり、常人の心は曇った鏡である。近世の格物の説は、鏡で物を映す場合にたとえれば、映すことに功夫を集中するだけで、鏡が曇っているかどうかを問題にしないというのだから、これではいったい物が映るわけがない。陽明先生の格物は、いわば、鏡を磨いて透明にするというわけで、磨くということに功夫を集中するのだから、透明になった後は、あらゆるものをいつでも映しだすことができる。」[1] 脚注 1 2 3 『伝習録』溝口雄三訳、中央公論新社〈中公クラシックス〉、2005年 参考文献 中田勝『王陽明 徐愛 「伝習録集評」』鈴木利定校閲、明徳出版社、2016年 山田準『伝習録講話』明徳出版社、2001年 『伝習録』溝口雄三訳、中央公論新社〈中公クラシックス〉、2005年 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。表示編集 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFWorldCat国立図書館ドイツアメリカその他Yale LUX Related Articles