溝口雄三
From Wikipedia, the free encyclopedia
- 出生から修学期
1932年、愛知県名古屋市で生まれた。東京大学文学部中国文学科で学び、1958年に卒業。卒業後、名古屋に帰郷して家業を一時継ぎ、その活躍ぶりは新聞に掲載されるほどの業績であった[2]。
その後名古屋大学大学院文学研究科中国文学専攻に入学し、入矢義高に師事。同大学大学院修士課程を修了。
- 中国思想史研究者として
1967年、東京大学文学部中国文学研究室助手に採用された。当時は東大紛争の渦中にあり、その中で研究を進めた[3]。
その後、埼玉大学教養学部助教授に就いた後、同大学教授に昇進。1978年、一橋大学社会学部教授に転じた。1981年、学位論文『中国前近代思想の屈折と展開』を九州大学に提出して文学博士号を取得[4][5]。
同1981年、戸川芳郎の招きで東京大学文学部教授となり、中国哲学研究室を担当した。1993年、東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は大東文化大学文学部教授として教鞭をとり、退任後は同大学名誉教授となった。2010年に死去。