徳大寺実厚
日本の華族(公爵)
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経歴
東京府東京市出身。麹町区立麹町小学校卒業。1908年(明治42年)に陸軍騎兵少尉、1925年(大正14年)に少佐、1929年(昭和4年)に中佐に昇進。宮内省に転じ、1931年(昭和6年)に式部官、1932年(昭和7年)に昭和天皇の侍従となる[2]。1937年(昭和12年)1月に父の死を受けて襲爵。同年3月1日から貴族院公爵議員[3]。戦中は陸軍騎兵中佐に任じられた。
1946年(昭和21年)2月25日、掌典長に任じられた[4]。5月8日、貴族院議員を辞職[5]。8月12日、掌典長を依願辞職した[6]。公職追放となる[注 1]。
平安神宮宮司を務めた。1960年(昭和35年)11月10日、掌典長に還任し、1968年(昭和43年)9月10日まで務めた[8]。墓所は黒谷墓地[9]。