文久元年(1861年)7月、同年のうちに武蔵川越藩主、のち上野前橋藩主となる松平直克の長男として生まれる。幼名は恒之丞。
直克は明治2年(1869年)に養子の直方に家督を譲り、直方は明治16年(1883年)に基則(9代当主松平典則の三男)に家督を譲っている。
直之は、牧野貞直(旧常陸笠間藩主)の娘・富美を娶ったが、明治24年(1891年)に先立たれた。基則の姉・八重を娶って明治40年(1907年)に家督を相続し、伯爵を襲爵した。明治44年(1911年)7月10日から[1]大正9年(1920年)3月1日まで[2]貴族院議員(伯爵議員)も務めた。