志文駅
北海道岩見沢市にある北海道旅客鉄道の駅
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歴史
上段:1976年の志文駅北側周囲約1㎞範囲。上が岩見沢方面で、駅から真っ直ぐ敷かれているのが建設当初からの本来の室蘭本線、左にカーブして向かっているのが昭和36年から使用開始した別線だが、複線としての使用ではなく、どちらも双方向扱いであった。現在は別線側が本線として使用されており、本来の本線側は撤去され、一部が室蘭本線跡地緑地として整備されている。
下段:志文駅と周囲約1㎞範囲。右へ90°以上の大カーブを描いているのが万字線の万字炭山方面。
上段下段共に国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
下段:志文駅と周囲約1㎞範囲。右へ90°以上の大カーブを描いているのが万字線の万字炭山方面。
上段下段共に国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
- 1902年(明治35年)8月1日:北海道炭礦鉄道の貨物駅として開業。
- 1903年(明治36年)4月21日:旅客・荷物取扱い開始[5]。
- 1906年(明治39年)10月1日:北海道炭礦鉄道の鉄道路線国有化により、官設鉄道に移管[1]。
- 1914年(大正3年)11月11日:万字軽便線が当駅から万字炭山まで開業(万字軽便線全通)[6]。
- 1922年(大正11年)9月2日:万字軽便線が万字線と改称[7]。
- 1961年(昭和36年)10月1日:岩見沢-志文間線路容量不足解消のため、別線を増設、使用開始。
- 1962年(昭和37年)1月15日:貨物取扱い廃止[1]。
- 1980年(昭和55年)5月15日:業務委託駅となる[8]。
- 1984年(昭和59年)
- 1985年(昭和60年)4月1日:万字線全線が廃止[3]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、JR北海道に継承[1]。
- 1988年(昭和63年):現在の駅舎が竣工する。
駅名の由来
駅構造
利用状況
乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。
駅周辺
駅舎のある東側は住宅地や工業団地が開発された一方、線路を挟んだ西側は完全な田園地帯である。
- 北海道道1139号栗沢工業団地大和線
- 岩見沢警察署志文駐在所
- 岩見沢志文郵便局
- 岩見沢市立志文小学校
- 北海道中央バス(岩見沢営業所)「志文市街」停留所[10]
その他
- 有人駅時代の1982年夏頃から翌年にかけ、「志文」という駅名が「大志ある若者よ、文は人なり」のことわざに通じる事から縁起をかついで全国の乗車券マニアや受験生が相次いで志文駅の入場券や乗車券を購入し入場券売上が通常月30-40枚程度から一日30-40枚の売上を見せ万字線廃線が近くなるにつれ売れ行きが上昇し本州からも入場券購入希望の手紙が寄せられる盛況を見せた[11]。
